がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

再び緊急入院

仕事納めの日の早朝、娘の婿殿から電話が入った。とっさに、あっ、娘(次女)の容体に異変があったのではないかと危惧しましたが、残念なことに、それは的中しました。


午前2時ごろから腹部の激痛のため、お世話になっている病院へ婿殿の運転する車で緊急入院、腹水が大量に溜まっていることと腸閉塞の疑いもあり、CT検査したうえ、腹水を少し抜いてもらった。そして、このまま入院し年越しすることにきまったとのこと。


実は、数日前から腹部の膨満感が強かった。背後部に痛みが出ていた。娘本人も心配して医師に相談したのだが、腹水を抜くと栄養分まで失うので、両方をうまく運ぶためには、一週間ほどの入院が必要と言われ、ためらっていた。


その時期に入院すると言うことは、正月を一人病床で暮らすことになるので、自身もつらいが、ひとり息子にも寂しい思いをさせると案じて先送りしていたらしい。とにかく、自分の容体のことよりも息子を気づかう。その母性が裏目に出てしまった。


急きょ、見舞にいった姉と家内が、院内の廊下でばったり主治医と出会った。姉(長女)が医師とこんな会話をしたという。


「これから、どうなりますか」
「手術したときおりましたか」
「はい」
「あれからもう一年すぎましたねえ」


その言い方に、あのとき余命7か月くらいと話しましたでしょうという含みが感じられた姉は、
「はい、おかげさまで長く頑張れています」と言うと、
「そうなんですが、いよいよ、ですね」


文字にすると、禅問答とまでは言わないが、要領をえない会話になりますけれど、医師の表情と合わせて、姉も家内も娘が最終段階に入ったことと直感したそうだ。私も、そう思わざるを得ない。


娘が入院した日、介護認定のまえの暫定プランの一つということで、市包括支援センターからリクライニング付きのベッドが自宅の届いた。ベッドの上下も簡単に操作できる便利な大手メーカーのベッドです。だが、肝心の主は入院してしまった。果たして帰宅して、このベッドに横たわることができるのだろうか。


翌日、私も見舞いに行きましたが、娘はさらにげっそりと痩せ果てていました。目だけが強く光っていますが、顔色に血の気もなく、手足も細く骨ばっていました、鼻からはチューブで胃腸につなぐイレウス菅が挿入され、右手首に点滴チューブ。痛々しくて悲しくて、とうてい正視できるものでない。


想わず,肩を抱いて大きくㇵグしましたら、娘は声を上げて、泣いた。言葉にならない声を長く引きずりながら泣いた。気丈な娘が、こんなに大きな嗚咽をもらすのは初めてのことだが、気持ちを慰める言葉もない。


家内はお見舞いがつらすぎて、娘の顔を思い出すと、夜眠れないと悲しんでいたが、ほんとうにそうだ。がんという病気は、まったくタチの悪い、とんでもない極悪性の病だと思います。


娘の肩を撫でても、ごつごつと骨格にじかに当たるかんじに痩せていることがわかります。異様にポッコリ膨らんだお腹をさすってやり、ついで、両手をもんであげたが、まるで老女のようにざらざらに痩せていました。娘の涙はなかなか乾きませんでした。


帰りしな、一人息子に贈るお年玉を持ってきたよ、というと、さすがにうれしそうな顔を見せた。「よいお年を!」の声を呑んで 婿殿に会釈して帰りました。