がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

ワラにすがる気持ち

膵臓がんの次女を見舞ってきた長女が、とまどいの色を隠せず、相談にきました。長女の話を聴いて、ショックを受けました。


そこまで娘は追い詰められているのか、焦っているのか、普通の判断力が揺らいでいるのかと思うと、涙が流れます。


じつは、われわれ家族には黙って、某宗教団体らしい信者と接触したと言います。「こちらの講話を信じれば、胃がんが治った人もいます」というような勧誘をうけたそうで、最初は無料、二度目から、そのつど20万円の講話料がいるとのこと。


その話にのるかどうか。学生時代からの友人には相談してみたら、強く反対されたそうだ。冷静な友人に感謝したい。家族には、さすがためらう気持ちがあったのだろうが、長女とお茶したときに加入しようかどうか、まだ迷っていると話したらしい。


通院するたびに腫瘍マーカーはじりじり上昇しているし、二種併用の抗がん剤投与が
いつも白血球の減少のため、一種しかできない。体はしだいに弱ってきています。気持ちをしっかり持てと励ますことさえ、つらい状況ではありますが、、。


某宗教団体とか名乗る、その手の話は、冷静に考えれば、直ちにインチキ勧誘商法のたぐいだと一蹴できるはずなのに、、。先に明るい希望が見えない娘はわれわれが心配している以上に、気持ちが参っています。


一般的にいえば、なにかを信ずることで心の平穏安定が得られることは理解できます。古来からの加持祈祷に、病いの救済目的があったように、病者、弱者と宗教は密接に結びつきますけれど、気持ちが癒されることと、病気が治癒することとは別の話。


昔から、あらゆる宗教には厚い信仰心が深まれば、このような奇跡が起きると説く摩訶不思議な奇譚がありますが、いくらなんでも20万円の講話を聴けば、がんが治るなんて勧誘が、今の時代にまだ生きていることに驚きます。


娘の気持ちが少しでも和らぐ方法はないものか。がん地域連携病院にある、がん患者の会とか、支援センターへ行って見ることとか、瞑想型のヨガ教室なんかがいいかもしれない。


娘ともっと頻繁に会って、気分転換がはかれるようにしなければならないと長女と相談したことでした。




みんなでランチ

次女の娘が無事に術後一年を超えられたので、このほど、お祝いの食事会をしました。長女の家族を交えて三家族でも全員で八人しかいません。典型的な核家族の集まりです。


次女の一人息子が毎日、大量の宿題をかかえ、塾通いもある都合を考えて、ホテルのランチバイキングです。みんなそろって、紅茶やジュース、ノンアルコールの乾杯です。


これが快気祝いであれば、どんなにか嬉しく、気持ちが晴れることかと思いながら、それでも、あれこれ皿をもちよっては、たくさんたべて、楽しくおしゃべりしました。


娘も幸い食欲はあります。食べなきゃ体力がつかないと食べています。ステーキのお代わりをもらいに立っていきます。「うちでは、おいしいお肉たべれないからね」と笑っています。


それとなく、こちらは観察するような目で眺めてしまうのです。気が咎めますが、娘の外見上のコンディションは気がかりです。痩せ方は止まっているようです。まあ、下方横ばいという感じ。


顔色は特に顎のまわりが黒ずみ、頬にもいくつかのシミのような斑点が出ています。長髪のウイッグをつけていますから、それでだいぶ隠せています。本人は足にむくみが現れてきたので、利尿剤を処方されていると話しています。


全体の印象としては、かわいそうだが、やはり顔色のすぐれない中年の女性に見えてしまいます。もとは、よく動き回る活発な性分でした。


それでも、「どういうわけか、頭髪が少し生えてきた」と家内や長女と話しています。女性なら当然の喜びです。ちょっとした希望の灯かとうれしくなりましたが、一方では、ちょっと待てよ。新しい組み合わせの抗がん剤が効いていないのではないかと疑ってしまいます。


厄介な抗がん剤は、健康な細胞もやっつけてしまうから、副作用が著しいのです。薬効があると病状の好転につながりますが、同時に副作用がでるわけです。


その出方に個人差があるとはいえ、脱毛に回復の兆しがでるのは、どう解釈すればいいのかな。薬効があるけれど、脱毛のような副作用は減少する。そういうケースもありなのか。


娘にとっては朗報なので素直に喜んでいます。じつは前日 婿殿の運転で遠くのがん封じの寺へお参りしたといいます。私は無信心なので、お参りの効用については懐疑的です。
自分自身なら多分やらないと思いますが、とにもかくにも、神様仏様にすがりたくなる心情にはおおいに共感できます。


治療で治癒の方向に向かうことを信じること、そのために患者が精神的にも安定していることは必須の条件でしょう。仏様だのみで、癒されるのなら、それで結構。幸い、弱気になることがあっても、ふさぎ込んだり、鬱になったりしない娘は、気丈です。


食後、地上140メートルの屋上にある「空中庭園」なるものを見るため、少し離れたビルまで歩きましたが、娘は誰に劣らず、達者に歩いていました。途中、なんども一人息子とのツーショットを撮ろうとして、嫌がる息子に逃げられていました。いつまでも続いてほしい母子の戯れです。


いまはよく眠れる、背中の痛みも、止っているといいますから、われわれ家族が施術当初、突き落とされたように感じた「タイムリミット」からの危機感は、ちょっとでも遠のいたのかもしれません。いや、そう思いたいものです。平穏が続くことを願うばかりです。






術後一年

膵臓がんとの診断で、娘は手術を受けてから、やっとというか、ようやくというか、とにもかくにも、生きながらえて,先日、一年目を迎え、通過できました。


このうえなく喜ばしい。こころから嬉しさがこみ上げてきます。この調子で明日も明後日も生き続けてほしいものです。よくがんばったものだ。


なにしろ、手術は途中で打ち切り。ステージⅣと診断され、その主治医から「余命7か月」、セカンドオピニオンを求めた医師からは「一年以内、奇跡はおこりません」とまで断言されたのです。


このような宣告を聞いて落ち込まないものはいないでしょう。厳粛なジャッジとはいえ、患者と家族にとって、これ以上、残酷な話はありません。それいらい、まさに薄氷を踏むような心もとない気持ちで娘を見守り、看取ってきました。


がんの告知は、いまでは当たり前のこととなっています。患者と家族に人生設計の見直しや覚悟が必要ですので、それ自体は理解できますが、あの「余命告知」というのは、どうだろうか。家族の方から質問するからか、どちらからか、両方からか。医師は見立ての蓋然性を話しておきたいのか。


娘の場合は、それを聞かされた婿殿はじめ別居するわれわれ親は知っていますが、娘本人には伝えていません。一人息子にも伝えておりません。あまりにもかわいそうだからです。


伝えることで得られる利益はかんがえられません。本人に告げたら、どういう反応があるか。そんな心ない試みをすることは、とうていできません。


余命が分かれば、身辺の整理や生活の質の向上に努められる時間をもつことができる、という考え方もありますが、よほどしっかりしていないと、ただ動揺したり、悲観したり、自暴自棄になったりするかもしれません。


なんとか一年を生きました。二人の医師の余命判断は、的確ではなかったとあげつらう気持ちもありません。いわゆる生存率というのも、統計上の一応の目安としての意味があるものの、治療の効果、受容する患者の個体差は千差万別です。


娘の罹患いらい、いろいろな情報を山ほど仕入れました。その結果、いまでは、がんはまだまだ人類にとって克服途上の病気であることがよくわかりました。なぜ罹るか、どうすれば治せるか、理論はたてられても、実際には実践の試行錯誤でしかわからないらしい。


本当の天体の謎と同じように、がんが棲みつく人体という宇宙の、複雑緻密な仕組みは完全には解明されていないのです。


ごく最近の報道(11月6日毎日新聞夕刊)では、本庶佑さんが開発したノーベル賞ものの「オプジーボ」について、アメリカがん学会の発表によれば、オプジーボ投与患者の5年生存率は16%とあります。


裏返せば、なんとなんと、84%に効果が得られなかったのです。がん治療の最前線は、その程度のようです。


一年目の当日、幸い、白血球の低下現象がなく、娘は二週間休んでいた治療が再開できました。家族としては、いささかの諦観を抑えつつ、できることはなんでも支えていくしかありません。