がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

息子には、いつ、どう知らせる?

娘には、やや遅めに授かった息子(私にとっては長女の孫娘についで二人目の孫)が一人いる。長く恵まれず、いろいろ苦労したらしいが、椎間板ヘルニヤの手術して腰痛が治ると、待望の妊娠となった。


その後の日々の暮らしはこの一人息子の手取り足取に明け暮れたようなものだ。いつでも、どこでも母子は一緒に行動し、息子の成長の糧になることは、なんでもトライしてきた。


その甲斐あってか、囲碁はめっぽうつよくなったし、四泳法はジュニアマスターとなり、ピアノ演奏ではコンサートや学校の行事ではいつも伴奏に起用される。背丈もクラスでいちばん高い。心身ともにスクスク育った。娘の手柄といってよい。自慢の息子、自慢の孫は、いま思春期にかかる中1なのです。


さて、この子に娘が膵臓がんであることを、いつどうやって知らせるか、両親は悩んでいるし、相談された私も、じつはためらっている。息子にしても、青天の霹靂であろう。


これまでは、母子で毎月一回は泊りがけでやってくるのがならわし。いつも事前に食べたいものを電話で尋ねたり、ファックスで注文を送ってもらい、家内が歓迎の準備をしていた。その夜は孫娘も現れてゲームに興じていた。そんな楽しみを、このところ控えている。


この夏休みには娘一家は石見銀山や鳥取砂丘に旅をした。ラクダに乗った孫のスナップを
おくってきたし、並んで写った娘も楽しそうだった。9月の彼岸の中日には長女と次女と私たち夫婦の3家族でお墓参りに行った。帰途、回転すしに寄った。娘はいつものように
美味しく食べていた。


それが、たった一か月後に緊急入院せざるをえない病変に陥った。ほんと、まさかまさか。信じられない急変である。息子も口には出さいないけれど、母親の異変を敏感を感じている気配だと娘は言う。当然だと思う。


その後のばたばたした家族の動向や相次ぐ見舞客、母の容体の変化を孫はきっとおかしい、不安に感じているだろう。大好きな母親がいない部屋で父と二人で食べる夕飯を寂しく思っているに違いない。


娘は抗がん剤投与がやっと二回目だが、軽い家事ならできるようになっている。それなりに落ち着いている今、息子に伝えるときではないか。


そう考えて娘に相談したら、12月に入ると、およそ1週間にわたり期末試験があるそうだ。夜おそくまで勉強に励む時期だ。


結局、この試験がおわったあと、娘は病状についてあらましを伝えることとなった。病状の軽重にはふれず、しかし、治療が難しいがんであることを伝えることになった。なんでも、いまどきは中1の前期で「がんについて」の授業を受けているそうだ。


隠している娘もつらいが、異変の理由を知らされないで、心配している孫もかわいそう。だが、ほんとうのことを知った孫は、どんな反応をするのだろうか。