がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

術後2か月

術後2か月になる師走のある日、登山リュックに御餅やら黒豆やらニンジン、サトイモなどを詰め込んで、娘宅を見舞いました。正月の食卓を彩る食材を運びましたが、それにかこつけて、娘の様子をうかがいに行った、というのが正直な話です。


なにしろ、降ってわいた病魔に本人はもちろん家族ときりきり舞い。悲嘆にくれてばかりいるわけにいかないので、あちこち奔走しました。本人も身の回りの大きな変化に戸惑い、気持ちが萎えてたり、前向きに頑張ろうと気を取り直したり。起伏の激しい感情に揺さぶられている。


私自身の方でも、あれこれ心労したせいか、比較的安していた高血圧症が昂ったり、低くなりすぎたり。通っているジムではじめに血圧測定をするのだが、上が90台、下が30台といううかつてない低血圧になっていて、インストラクターの女性から「きょうはやめた方がいい」と指導される始末。ストレスが体を壊しています。


久しぶりに見る娘は、顔色もよい、話しぶりにも元気があり、表情にも凹んでいる感じは受けとれず、ホッと安堵。切除不能で余命7か月と言われた入院先の医師の見立ては間違いだったと思いたいほどだ。持っていった三笠饅頭をおいしそうに食べていた。


食べるものは、基本的に「なんでもいい」と退院の際に言われていた。しかし、なんでもいいというのは、もう手遅れだから好きなようにということではないかと疑念を持ったりして、逆に慎重に消化のいいものを選んでいた。


「もう焼肉も食べれたし、せんだってはラーメンも食べれた」という。下痢を一日一度はするものの、抗がん剤の副作用であるからと割り切ってるらしい。がん情報に記載されているような、いろいろな副作用はあらかた現れた。


抗がん剤投与のあと3,4日は体がしんどくて、寝たり起きたりだが、あとは痛んだり苦しんだりすることはないとも話す。まだ3クールしかやってない抗がん剤治療なので、娘の容体について半信半疑ながら、療養生活がとにかく水平飛行の状態にあるのは、うれしいこと。


明日は学生時代の友人三がそろってお見舞いに来てくれる。楽しみだという。長く友情が続いている友人が多くいて、親としても嬉しい。どんなにか助かっている。


帰りしな一人息子に病状を伝えたかどうか尋ねたら、まだだという。期末試験の結果が思わしくない。学校から冬休み中に呼び出しがかかっていると苦笑しながら、私の病気騒動がこたえているかもしれないと案じ顔だった。


「お正月が明けてから、話すわ。つらいね、悲しいね」
うーん、相づちの打ちようもない。