がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

娘のお正月


嫁いだ娘二人の正月の習わしは、こうです。元日は二人とも婿殿の母親宅に年賀にいき、初詣。二日目はこちらに一家で泊りがけで遊びにきます。


次女は病気を抱えて初めてのお正月。抗がん剤投与3クールをこなしただけの状態で来れるのか、心配したけれど、思ったよりも元気な表情だった。


よく話すし、身軽に動く。お雑煮もすき焼きもしっかり食べていた。台所での片付けもちゃんとやっていた。一人息子とじゃれながら、宿題の手伝いをしていた。帰る前にはそろって回転すしに行き、変わらぬ食欲をみせていた。


どこが悪いのか。事情を知らないものにすれば、まさか悪性の病気と闘っているとは思いもよらぬことだろう。仔細に観察すれば、トシにしては首筋にやつれが見える。部屋のなかでも帽子を脱がないのが、おかしいかも。


しかし、取り立てて違和感にない立ち居振る舞いではないか。親としては、何度も反芻する感慨だが、最初の診断もセカンドオピニオンの見たても間違っていたのではないか、と思いたい。あるいは抗がん剤治療が劇的に効果を発揮したのではないか、と思いたい。


このように平常と変わらぬコンディションをみせながら、そのコンデションが、あと数か月とか、1年とかで命の炎が完全に消えてしまうのか、信じられないことだ。


それにしても、今朝の悲報。タイガースの2003年の優勝監督、星野仙一さん(70)が亡くなったとのニュース。タイガースフアンとしては大変残念なことだが、そのうえ死因は娘と同じ膵臓がんとあったのは衝撃だった。


ひがむわけではないが、また発症の経過を知らないのだが、、、と断りをいれながらも、まず思うことは、富裕(のはず)で著名人であるならば、いま最高水準にある治療を受けていたのではないか、それでも悪性腫瘍を退治できなかったのか。そういう忸怩たる感想です。


老若男女、賢愚貧富を問わず、がんは襲ってくる。なのに、世界の医学水準は猛威を振るう人類の敵に対してまだまだ無力です。本当の国難というか、人類難というべき課題は、実はこういうことを優先的に対処することではないのか。