がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

星野ショック

膵臓がんの治療を行ってる娘にとっても、家族にとっても、星野仙一さんの急死は大変なショックでした。スポーツマンで、まだ70才。みんな長寿の今どきです。比較的若い方といってもいい。


大勢の同病の方々がいることは、よくわかっていることながら、やはり有名人が同じ疾患で亡くなったときけば、痛手は切実です。昨年、乳がんでなくなった小林麻央さんのことも、同病の人たちのみならず、大方の人々にがんの非情さを改めて告げたような痛恨事でした。


四回目の抗がん剤投与がうまく行き、二日後のポート引き抜きに立ち会ってきた家内と姉の話では、星野さんの死を伝えるテレビ番組をついつい見てしまい、そして見るたびに落胆し、どうしようもない悲哀感に取りつかれていたようだという。


確かにそうだ。ネット上でニュースを探ると、星野さんは3年前にはHNKの家族の系譜をだどるような番組に出演していた。追悼番組をみると、内容というのは、自身の父母のことや、野球人生の活躍をまとめてあり、「この番組は家族や孫にも見せてやらなければ、、」と会心の笑みを浮かべていた。


2年前の7月、急性膵炎を発症、その検査で膵臓がんと分かり、治療をしていたが、そんな様子はおくびにも出さず、あとで知った野球仲間が驚いていた。


昨年の11,12月には東京と大阪で「野球殿堂入りを祝う会」があり、山本元広島監督、田淵元捕手らとにこやかに鏡割りをしている星野さんの姿がネット上に残っている。
すくなくとも見た目には病人の表情ではない。動きではない。


12月半ば、名古屋のラジオ局での対談をこなし、正月はハワイで静養という段取りまで決めていて、押し詰まった暮れに容体が急変したようです。


こんな様子を知れば知るほど、見かけとは裏腹に急速な勢いで進行、変化するがんの恐ろしさにたじろぐ。娘ががっくり肩を落とすのも無理がない。中一の一人息子には正月明けにも病状を伝えると、機会を探っていたようだが、とても病名なんか言えないと娘は泣いていた。


囲碁が強い息子の参加する囲碁大会にはいつも、どこへでも付いて行っていた娘は、新春初の大会へようついていけなかった。免疫力が弱っているので、寒風のなか外出して、もしものことがあったらと配慮したのだが、息子は「なんで見に来ないのか」と不審がったという。


そのことを話す娘は、涙ぐんでいたそうだ。