がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

一喜一憂

初めての朗報でした。
娘が膵臓がんとわかり、術後3か月、それから抗がん剤投与2か月半の間、常に押しつぶされるような不安を胸に抱いていました。


それだけに初めての経過観察で画像検査の結果を知らせてきたメールには、大きな安堵を得ました。


「膵臓がんが小さくなっている。そのほかは変わらないな」というのが医師の所見だったそうです。抗がん剤の効果については、薬剤の種類が多く、うまく患者の症状と相性があえばいいが、そうでない場合は、毒物にすぎないという極論もあるので、心配していました。


元の膵臓がんの大きさがどれくらいか、知らされていませんが、画像ではっきり縮小ぶりがわかるというのなら、うれしい。大きな一歩です。このまま一直線に縮小を続けてほしいものです。


しかし、そうはいっても単純に喜んでいるわけにはいかない。「そのほかは変わらないなあ」という感想がこたえます。そのほかのこととは、転移した十二指腸への浸潤や腹膜播種などのことを指しているにちがいないからです。


いまのところ、これらの部位に抗がん剤の治療効果が現れていないということか。そう思わずにはいられない。この点では落胆しますが、なにもかも、というのは高望みかもしれない。こんごの成果をまつしかない。


幸い、腫瘍マーカーも正常なので、翌日は5回目の抗がん剤投与をすんなり受けられた。
医師によると、これまでは定量の8割を投与していたが、今回から9割に増やしてみるとのことだった。


治療効果と副作用に耐えられる体力であることを医師が判断したのだろう。医師はこうも言った。「車の運転ならしてもいいよ」と。これもうれしい一言でした。


抗がん剤投与の火曜ごとにサラリーマンの婿が休みをとっていたし、Vポートの針を抜く木曜は姉と家内が付き添っていましたが、いくらか解放されます。なにより自力でやれる喜びは、何ものにも代えられません。


とにもかくにも、一喜一憂しても始まらないのですが、一喜一憂してしまう闘病生活ですね。