がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

運転OK

抗がん剤投与の5回目のあと、娘の問いかけに答えて、医師は車の運転はいいですよ、と認めました。副作用の現れ方が不意に出るというような事態は起こらないだろう。そういう判断でしょう。


木曜のVポートを抜く日、姉から電話があって、風邪熱で寝ているという。それで私が代わりに行くことにした。娘の運転ぶりをみて見たいと思い、食材を山ほどリュックに詰め込んで電車を乗り継いで行った。


娘は、思った以上の元気がよい。運転してもいいのはうれしいと喜んでいる。行動範囲が広がるのはうれしい。助手席に座って、通院へ出発。私鉄電車ならわずか一駅先に病院があるのだが、間に大きな川があって、遠く迂回しなければならない。


カーブの多い狭い道、曲がりくねったややこしい道。対向車があれば離合するのも大変。いつも思うのだが、この国の幹線を外れた道は、まあ、江戸時代のままと言って過言ではない。田舎道を舗装したのにすぎない。車という文明の利器にマッチしていないのだ。


そんな道を娘は元気なときと変わらないハンドルさばきでしっかり運転した。案ずるよりも産むが易し。道中、病状について話ができました。


退院の際、医師は抗がん剤投与は二週間間隔で9か月やってみて、腫瘍が小さくなっていたら再手術等を考えると言ったそうだ。実際には白血球が少なすぎて、二週間間隔は三週間間隔になっている。


造血剤の効果があって、白血球の値が正常になった今も、三週間間隔になっているが、それが娘の状態には見合っているのだろう。この割合だと抗がん剤の投与は12回と計算される。夏のさなかに12回目を迎えることになる。


だいたい余命7か月と診断した医師が、9か月でひとまず完結する治療と行うというのも、おかしな話だが、医師の方でも、それはそれ、統計上のデータからの解釈であって、実体は患者ひとりひとりずつ対応が異なるとでも考えているのだろう。たぶん、そうだろう。統計を機械的にあてはめたところで、意味がない。


娘は体重が思うようにもどらないことを案じていた。術前は53キロほどあった。術後、急速に体重がどんどん減り、約4キロ減まで落ちた。そこが底となって、1キロは回復したという。術前の体重がちょうどいいかは別としても、もう少し増えたほうがいい。ずっと横バイが気になるとも言った。


抗がん剤治療は、ある意味、副作用との闘いでもあるので、体力勝負。そう思って、せっせと免疫力を高める鳥キモはじめ、いろいろな発酵食品やカロチンの多いニンジン、フコダインを多く含む昆布、葉酸が多いブロッコリーを食べるように薦めている。本人も、頑張っているが、体重はまだ好転していないようだ。


今回から抗がん剤の量が増えた。初日はしんどかったが、二日目には調子が戻ったというから、目にはみえないところで、体力がついてきていると思いたい。まだ耐性がつくほど
長期の治療期間ではない。


ちゃんちゃんと運転もできた。これで一人息子の囲碁大会やコンサートにもついてい行けるだろう。それが娘のベストの幸せ。長く、ながーく続くことを願っている。