がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

手術の日 (上)

入院から十日目、朝九時から手術がはじまると本人から姉へメールがありました。医師から8時間かかる長丁場だといわれていたが、前日になると、10時間と修正された。手術時間がさらに長引くという予想から、いいニュースをくみ取ることは困難です。


うーん。声も出ない。10時間という長さに息をのむ。私自身は交通事故による右腕骨折や盲腸、それに脊柱管狭窄症の手術経験がありますが、これほど長い時間がかかるものではなかった。


娘は三十代半ばに椎間板ヘルニアで手術経験があります。もちろん、10時間に比べると短い時間で成功裡に終わっています。娘は、こういう予告をどんな思いで聞いて、どんなふうに気持ちを納得させているのか。また、娘婿(夫)のT君は、いかなる心境か。


いろいろと思いやっても、こうしたケースについては、当事者には聴けない。尋ねるのはむごい。残酷でさえある。アルコールを飲んで寝る。


早朝、私と家内と姉の三人は、電車を乗り継いで、J病院へ。まだ夜間非常口から入り、「手術関係者です」と名乗り、身分証明用の札を首から吊るして、エレベターにのる。だれも黙っています。6階で降りた。


娘は消化器内科の病棟から消化器外科の病室に移動していた。8時ごろから看護師やレジデントと思われる若い医師が娘をのぞきに来る。気分を尋ね、血圧を測るなど準備にかかるが、事前の導眠とか、軽い麻酔とかはしない様子。


最後に主治医がやってきて、「眠れましたか」と聞いている。頭の白いものが混じる、物腰が落ち着いたベテランの医師の印象。おそらく娘の手術グループのコンダクターなのだろう。主治医が去って、しばらくしてさっき血圧を計った若い看護師がきて、「さあ、まいりましょう」。


娘はふらりと立ち上がり、パジャマ姿のままゆっくり歩く。長い廊下を娘と寄り添う看護師、娘婿、姉、家内、そして私が無言のまま歩く。手術室は、3階にある。客用のエレベターは待っても動かない。後ろの患者搬送用の、つまり、ベッドのままで搬送できる大きさのエレベターで降りた。


手術室にはいる扉のまえで立ち止まる。看護師が「家族の方はここまでです。あとは控室でお待ち願います」と告げる。やつれた表情の娘がみんなの方にふり向いた。私の手をとって一言「Hをお願いします」。私も「心配するな」と一言。


Hとは、言うまでもなく一人息子、中一の孫のことだ。世間でいう「おかあちゃん子」で、娘もまた比較的おそくになってできたこの子を「息子命」とばかり可愛がり、育ててきた。この子には、まだ母親の病状を詳しく伝えていない。まだ冷静に伝えられる言葉も心も準備できていないのだ。


囲碁が強く小学生後半は三年連続、県代表で全国大会に出場したし、日韓親善大会でソウルにも行った。今春は難関の国立大付属に入学した。娘にとっても祖父にとっても家族一同にとっても自慢の子なのだ。なんとしても、その成長を見届けたい。


娘は家内と姉と握手を交わし、娘婿(夫)には両腕を広げて、肩をかかえて抱くようにハグをした。沈黙の時間。看護師に促されて手術室の扉の中へ消えた。あとは現代医学が到達しているがん手術が最大限に効果を発揮してくれることを祈るしかない。