退屈な80代

還暦、古希、傘寿を過ぎて 日々思うことを綴ります。

落語のこと

usagi

 えー、ながーいサル山のボス争いが、ひとまず決着がつきましたので、気分転換をかねて
落語を楽しみ行きました。


 住んでいる街で、おじさんやおばさんが、日ごろ稽古をつんだ落語を、折々に発表会をしています。むかし一度,お邪魔したとき、名前を書いたものだから、その後は、案内のはがきを送ってくれます。その義理堅いところにひかれて連れ合いと話を聞きにいきます。


 会場は、いつも役所関係の広いところ、百人くらいの観客が集まります。この暑い季節ですから、当然、エアコンもきっちり効いています。演ずるのは、男女、年齢不問の素人さんながら、舞台はいつも本物の寄席みたいにしつらえています。稽古されている愛好家は何人いるのかわかりませんが、一座と化しているようです。たぶん、けっこう費用がかかっているだろうと思いますが、いつも無料です。


 高座には。上方落語特有の見台があります。出囃子がにぎやかになって、和装の若い女性が見台を整えて、座布団を裏返し、演者と演題が書かれた「めくり」をめくって、可愛らしく爪先だった歩きで舞台の袖に引っ込みます。さア、始まり、始まり、です。


 会場の後ろの方から見まわしますと、今日も満席です。白髪、ごま塩、禿頭,カッパの皿を乗せたようなアタマ、、要するに、わが夫婦ともどもお年寄りの男女ばかり。九割方がジジババか。改めて、土曜の午後というのに、伝統芸能たる落語は、いまや若いもんから見放されていることを実感しますね。


 なんでかな。第一、落語をテレビが取り上げない。これが大きい。ラジオも知らんぷり。調べた限りでは、関西のあるラジオ局が月一で落語の放送をしていますが、朝5時半からです。これでは、だれが聞いていることやら。


 テレビが無視すると、大衆芸能の命脈が尽きそうという現実ですね。こんな状況では、人気がないのは仕方がないか。同じ寄席ものでもテレビ向きの漫才は、健在なのにね。今やタレントはガラクタも含めて、漫才出身が多い。落語や講談のような語り物は気の毒なことに落ち目なのだ。


 さて、演者は、それぞれに「らしい」名前を名乗り、好きこそものの上手なれ、一生懸命稽古に励んだ成果を語ってくれます。それでも、落語衰退の背景が身に染みているのか、前口上が大変です。長くなります。ネタの背景説明から入る人もいます。落語には故事来歴、伝統やならわしについて知識がないとわからないものが結構あります。


 あのですねえ、陰陽師で有名な安倍晴明さん、知ってはりますか。この人、知らなんだら、もう話になりまへんので。知ってはりますねえ。安倍清明さんのお母さんは、キツネですよね。そう、キツネということになってます。キツネが化けてたんですね。ここんところを押さえておかんと、この話、なにがなんやわからへんようになります。


 あのですねえ、イモリの黒焼きちゅうのんがありますねえ。あのイモリの黒焼きで見たことありますか、マムシの黒焼きありますね、あれ知ってはりすか、あれですねえ、イモリの黒焼きちゅうのは、惚れ薬になるんですわ。イモリのオスとメスが交尾中ですね、その夢中になってるところ、そのままの形で捕まえて、黒焼きにしまん、そいつを粉にしてやね、好きな女にそっと振りかけてやったら、その女から惚れられますねん、効果絶大やそうです。ここんとこを知ってもらわんと、この「落ち」がわからしまへん、、。


 というような前口上ですが、前口上のふりして、予備知識をやんわり説明しているような感じがしないでもありません。そうでないと、「信太の狐、葛の葉」に入れないのかもしれない。ぼくなんか、幼少のみぎり(笑い)、キツネ面の女が、口にくわえた太い筆で墨痕鮮やかに、障子にさらさらと和歌を書き記す芝居を見た記憶があります。ドロンドロンドロンとなにやら怖い伴奏が流れて、、。


 さてと、落語を無料で楽しませてもらって、言うのもなんですが、いまどきテレビもやらない、ラジオもやらない、もちろん流行りのSNSには合わないとなると、落語やる人、それを楽しむ人は、絶滅危惧種になるのかな。


 先だって、浪曲師が人間国宝に選ばれた際、「かつての人気を取り戻したい」と語っていましが、どうかな。浪曲って、いまどこで聞けるのかしら。落語、講談、浪曲,それにあえて言えば、酒と涙と恋心なんか歌う演歌なんてものは、もう時代遅れになったのかな。一部の高齢者に脈々と生き残る趣味とか道楽とかにされるかもしれない。


 ぼくには印象深い二人の落語家がいますね。      

    

   三遊亭歌笑 (wikiから引用)
   桂 枝雀  (google画像検索から引用)


     



 戦後まもない子供のころ、ラジオに耳を澄ませて、三遊亭歌笑のみょうちくりんな口上を聞くのが無性に楽しかったな。テレビがないころなので、歌笑って、どんな顔しているのか、想像してましたね。『歌笑純情詩集』よりは、こんな調子で始まったものです。


「我、垂乳根(たらちね)の胎内より出いでし頃は
長谷川一夫も遠く及ばざる眉目秀麗なる男の子なりし
世の変わりともともに我が美貌も一変し
今や往年のスクリーン
フランケンシュタイン第二世の再現を思わせる如く豹変せり
されど我を育みしふるさとは
都を離れること三十五里
南奥多摩絶景の地なり」
               (Wikipediaeから引用)



 長じては、インテリ落語家、桂枝雀の「緊張と緩和が笑いの源泉」というとぼけた話は愉快でした。ぼくは、ちょっと軌道から外れた人が好きなんだな。
下の動画は枝雀の「代書屋」です。ちょっと長いですが。お時間があれば聞いてください。
   



 気を付けよう。汚染水と自公維国!!
裏金、世襲。統一教会関連議員を一掃しましょう。

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