がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

半ば越した7ヵ月目。

過日の母の日。姉と治療中の妹ふたりで家内に帽子のプレゼントがありました。ここんところ毎年、帽子をもらっているので、「頭は一つしかないのに、、」とぼやきながらも、家内はうれしそうでした。


その夜、娘から母へのメール。御祝いと感謝のことばのあとに、こう書いてありました。「元気に産んでもらったのに、病気になってしまい、ごめんね。がんばります」


家内はせつない表情で、私にメールを見せると、すぐに台所に行きました。私も、粛然として、画面を見つめるばかり。娘の気持ちがよくよく心に沁みます。次の言葉が出てきません。


そういえば、せんだって、姉一人が見舞って、お茶をしているとき、娘は「こんな病気になって、みんながいろいろ気ずかってくれるし、おカネのことも、そんなに心配しなくていいので、私は幸せだ」と話したという。


なんだか娘が内省的になり、自分自身をみつめ、他人のいろいろな手助けや介護のかたちに感謝する言葉を聞くようになりました。


「なんで私に限って、こんな重い病気になったのか」といった最初のころの悲しみと、やりきれない怒りを乗り越えたのか、いや、乗り越えることはムリだが、ある種の諦念、あるいは受容せざるを得ない心境になってきたのか。


高校のころはバドミントンの選手で、大きな声で笑い、駆け回り、その後、生保のおばちゃんたちの勤務をサポートしたり、乳幼児の保育の仕事を楽しみながらやっていた娘から、こんな言葉がでるとは、ほんとうに、つらい。


おととい、10回目の抗がん剤治療がすみました。いつも腫瘍マーカーの数値を聞くのですが、今回はなかったという。前回、はじめてマーカーの値が悪化したので、気にしていた。


なので、治療方針の変更とか複数の治療の併用とかの話がでるにではないかと予期していましたが、どういうわけか。医師は「しばらく様子をみましょう」と言ったそうだ。


いつもと違う治療の流れがあったり、前と同じことしか言わない医師。がん治療の最前線で患者と家族は嘆息するばかりです。