がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

一進一退?

腫瘍マーカーが、基準値の59倍にもなり、非常に心配していたところ、翌週は基準値内におさまっていて、娘は無事に抗がん剤点滴ができました。


しかし、安堵したのもつかの間、今週、またマーカーが高くなって点滴は見送りになりました。要するに上下の振幅が激しいマーカーで見る限り、病状は一進一退です。娘と家族は一喜一憂を繰り返しています。


最初のプランでは、「3週連続1週休み」だったのですが、これは一度も守られず、次いで「2週連続1週休み」と変更されましたが、これまた一度も順調に守られていません。


結局、抗がん剤投与というのは、プラン通りにならない、出たとこ勝負、あるいは臨機応変がひんぱんに起きる治療法のようです。


ただ、娘は副作用があまり強くないので、見かけ上は、痩せてはいるけれど元気。映画やコンサートに行ったり、姉をさそって買い物の出かけたりしています。病状の進行を気にする私たちは、縁起でもありませんが、なんだか生き急いでいるみたいに思えて仕方がありません。、


病気治療の目的というのは、例えば、風邪なら頓服や抗生物質で原状を回復すれば、それで完結、骨折なら手術なり、リハビリなどで通常の能力を回復すれば、それで一応の目的を果たせると考えます。


だが、手術も放射線治療からも遠い末期がん患者の抗がん剤治療というのは、そもそも原状回復はおろか、一応の治療達成という目的も見込まれていないようです。


ありていに言えば、いかに延命効果を伸ばすことができるかどうか、の治験のようなものらしい。がんについての漠然とした知識では、がんに治癒なし、あっても寛解しかない、
と理解していましたが、実際にがん患者を身内に抱えると、なんとも無力感にさいなまれ、切ないものです。


昨今のがん情報には、きまってこんなフレーズが書かれています。
「日本人の2人の1人ががんに罹り、3人に1人が亡くなります」。


近くの病院の待合室に流れるビデオ医療の情報を見るともなく、見ていると、「いまや日本人の死因にトップはがんで、昨年1年間36万人も亡くなりました」。


おそらく世界的にも、同様な傾向にあると思われます。がんによる死者は、もはや一地域の紛争で出る犠牲者をはるかにこえています。世界的には、膨大な犠牲者がでているのにちがいありません。


娘のがん罹患を機に想うことは、いまさらながらですが、がんは人類にとって最大の内なる脅威です。天然痘の制圧やポリオの根絶作戦のように、国際社会ぐるみで医療・科学技術を総動員して立ち向かうべき喫緊の課題だと痛感します。


寡聞にして、そういう方向で世界が動いているのかどうか、知りませんが、そうあってほしいものです。かつて「交通戦争」といった言葉が事故多発を表していました。


いまは「がん戦争」の真っ最中といっていい。個々人の生活習慣病が一因というような矮小化をせずに、がん細胞の退治のために真っ向勝負してほしいものです。