がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

ノーベル賞の陰で


ノーベル医学・生理学賞が京大特別教授、本庶佑さんに、がん免疫療法の開発に尽力した功績で贈られると発表された当日、娘からのメールはショッキングでした。


CTの画像検査などで、腫瘍が大きくなっていること、肝臓にも異変が起きていること、さらに腹水もかなり溜まっているという。医師はいまの抗がん剤が効いていないのではないか,来週にも別の療法を考えたいと話したと言ってきました。


肝臓への転移?は、初めて聞く異変です。腹膜播種や十二指腸へはきいていましたが、肝臓にも飛び火したのか。腹水が溜まっていたのは、入院当初のことで、そのとき大量の腹水を抜いたとは聞いていましたが、それ以後、一度も指摘されていなかったことです。


娘の発病いらい、病状の著しい悪化をずっと心配していたことが現れました。いわゆる「治癒」は望めないものの、せめて長い延命につながる現状を維持するか、少しでも病変部が小さくなるとかの薬効を期待してきました。


が、しかし、なんということか、残念で言葉がない。気持ちが萎えている娘を慰める文言が浮かんでこない。メールの返事を、どうやって書けるか。暗澹たる気持ちになります。


一年前に腹部の激痛に耐えきれず緊急入院しました。あと1ヵ月ばかりでちょうど施術日になります。あのとき執刀医が手術半ばの時間にとつぜん待合室に現れて、婿に「切除困難、余命7ヵ月」と告知しました。あの足元が揺らぐような痛恨の宣告のときを思い出します。


あの衝撃の「7ヵ月」を、暑い夏のさなかになんとか乗り越えて、どんなに喜んでいたことか。次はセカンドオピニオンの医師が話した「余命一年」をクリアしてほしい。家族みんなの思いが、その一点にありましたが、今回の知らせは底なしに重苦しい。娘には、むごい話です。


本庶さんの功績は、手術、放射線、化学治療という従来の3種の標準治療に対して「免疫療法」の可能性を大きく前進させるものです。そのことは人類の敵に対する防御態勢の幅を広げることに寄与しました。


とても喜ばしいニュースではありますが、ただいま窮地に陥っている娘と家族にとっては、なんの役にも立ちません。ノーベル賞と病状の悪化、その巡り合わせは偶然のことに過ぎなく、冷静に考えれば、なんの意味もありませんが、運の悪い皮肉なニュースだなという印象さえ持ってしまいます。


3大治療から見放され、あるいは併用療法をと、ワラをもつかみたい患者・家族にとって免疫療法は大変気にかかる療法だったのですが、ほとんどが保険適用外とあって、とんでもない高額な自由診療だということ。公的病院はどちらかといえば、免疫療法に冷たい反応を示したことが重なって敬遠してました。まだ発展途上にあると思っていました。


娘もいくつかの免疫療法をやる医療施設をたずねていますが、一回注射30万円、ワンクルール140万円とか、高額費用に反して、安全性や有効性に対する信頼感が持てずに見送ってきました。じっさい、個人病院などでは恐ろしく高価な治療をうたっていますが、
患者サイドとしては、ちょっと引いてしまいました。


もっとも本庶さんの開発したとされる「プラジーボ」(小野薬品 2014年)は、いまのところ皮膚がんの一種、メラノーマ(悪性黒色腫)、肺がん、そして胃がんなど7種くらいしか治療対象になっておらず、保険適用は一部にすぎません。娘の膵臓がんはまだ治療対象にもなっていません。


ノーベル賞を機に、にわかに免疫療法が脚光を浴びて、妙な便乗商法、破格の自費診療で患者誘致に励む施設の売り込みが懸念されます。アメリカで注目されている光免疫療法など新しい療法の取り組みに力を注いで、実用化を進めてほしいものです。