がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

さらに別の治療へ

娘の定時通院日。
今回も白血球が足りずに抗がん剤治療は見送りとなりました。2週連続できませんでした。きれいな秋空の下、悲しい知らせです。


来週からはTS-1とジェムザールの組み合わせに移行しようと医師は言ったそうです。


TS-1が加わったことで、これで大まかに言えば、4種類目の抗がん剤を使うことになります。もう膵臓がんに適切と考えられる薬は、後がないかんじです。


なんども書いていますが、現行の化学治療を他の療法と併用しないで行う事態では、治癒を求めるのは、ないものねだり同然であって、せめて長い延命効果を期待するしかないと思っています。


ある種の諦念の上に、やるせない希望を乗せていますが、それにしても瀬戸際に追い込まれました。


先週の点滴見送りの際です。医師は婿殿に対して、「こんご、どうなさいますか」と尋ねられて、絶句したと述懐してました。言葉は丁重とはいえ、患者側に治療方針を尋ねて、どうしろというんだと婿殿はおこっていました。


当然です。患者サイドは素人。専門家の医師が、現状の説明やいくつかの選択肢をあげることもせずに、患者側にこんごの意向を質すなんて、あきれはてた話。


突発の緊急事態でとにもかくにも最寄りの病院に担ぎ込まれ、検査、施術とあわただしい
日々となった時を振り返れば、とてもがんであることを知って、それに見合う医療施設を冷静に選ぶことなんかできなかった。


病気の発生の状況によっては、患者は医療施設を選ぶ余裕がありません。施設にも医師にも、当たり外れもあるにちがいない。長期の加療を受けなければならない患者は、継続した治療を望みたいので、おいそれと転院もできかねます。


呆れた話とはいえ、医師側の態度を慮ってみると、医師としても今後の方針に迷いが出ているのか、あるいは、もう手づまり感をもっているのじゃないかと気持ちが沈みます。


ところで、本庶佑さんが開発に資した免疫療法の成果、プラジーボで考えることは、素人の浅知恵にすぎないかもしれませんが、なんでこういう考え方の治療法に、もっと早くから目がいかなかったのかなと思います。


例えば、風邪を引けば暖かくして安静にすれば治る、ちょっとした外傷ならほっと置けば、いつのまにか傷口が回復している、胃潰瘍が起きていたが、いつのまにか治り、その傷痕だけが残っている、、、、、


こういう経験のたびに人の生命力には強い自然治癒力が備わっているのだ。そして、その治癒力こそ、免疫力であり、外部や内部で生じた雑菌やウイルスをやっつけてくれているのだと理解してきました。


がん細胞といえども内部で生じた敵、そうであるのならば、免疫力の持つ治癒力をもっとマックスに発揮できるような構図を描いてやれば、敵勢力を縮小、絶滅の追いやられるんではないか、と医療関係者は考えなかったのだろうか。


あるいは、そんなことは誰でも考えたけれど、そこから先が難攻不落であったのだというのかもしれません。


しかし、がん治療に関わる医師のガイドブック、啓発本なんかを読み漁っていますが、医師による2017年発刊、つまり最近の著作を読んでも、三大治療方針の詳細がほとんどでああって、免疫療法を有効な治療法として言及しているのは非常に少ない。


おそらく、この国のがん治療の世界では、医療者、研究者、製薬会社、厚労省などいろんな関係がからんで、免疫療法はまだ傍流、少数派の扱いなんだと推察します。


患者サイドからすれば、そんな葛藤はどうでもよいことで、治療の選択肢が広がるほど、幸せの幅も広がるのですが。