がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

術後一年

膵臓がんとの診断で、娘は手術を受けてから、やっとというか、ようやくというか、とにもかくにも、生きながらえて,先日、一年目を迎え、通過できました。


このうえなく喜ばしい。こころから嬉しさがこみ上げてきます。この調子で明日も明後日も生き続けてほしいものです。よくがんばったものだ。


なにしろ、手術は途中で打ち切り。ステージⅣと診断され、その主治医から「余命7か月」、セカンドオピニオンを求めた医師からは「一年以内、奇跡はおこりません」とまで断言されたのです。


このような宣告を聞いて落ち込まないものはいないでしょう。厳粛なジャッジとはいえ、患者と家族にとって、これ以上、残酷な話はありません。それいらい、まさに薄氷を踏むような心もとない気持ちで娘を見守り、看取ってきました。


がんの告知は、いまでは当たり前のこととなっています。患者と家族に人生設計の見直しや覚悟が必要ですので、それ自体は理解できますが、あの「余命告知」というのは、どうだろうか。家族の方から質問するからか、どちらからか、両方からか。医師は見立ての蓋然性を話しておきたいのか。


娘の場合は、それを聞かされた婿殿はじめ別居するわれわれ親は知っていますが、娘本人には伝えていません。一人息子にも伝えておりません。あまりにもかわいそうだからです。


伝えることで得られる利益はかんがえられません。本人に告げたら、どういう反応があるか。そんな心ない試みをすることは、とうていできません。


余命が分かれば、身辺の整理や生活の質の向上に努められる時間をもつことができる、という考え方もありますが、よほどしっかりしていないと、ただ動揺したり、悲観したり、自暴自棄になったりするかもしれません。


なんとか一年を生きました。二人の医師の余命判断は、的確ではなかったとあげつらう気持ちもありません。いわゆる生存率というのも、統計上の一応の目安としての意味があるものの、治療の効果、受容する患者の個体差は千差万別です。


娘の罹患いらい、いろいろな情報を山ほど仕入れました。その結果、いまでは、がんはまだまだ人類にとって克服途上の病気であることがよくわかりました。なぜ罹るか、どうすれば治せるか、理論はたてられても、実際には実践の試行錯誤でしかわからないらしい。


本当の天体の謎と同じように、がんが棲みつく人体という宇宙の、複雑緻密な仕組みは完全には解明されていないのです。


ごく最近の報道(11月6日毎日新聞夕刊)では、本庶佑さんが開発したノーベル賞ものの「オプジーボ」について、アメリカがん学会の発表によれば、オプジーボ投与患者の5年生存率は16%とあります。


裏返せば、なんとなんと、84%に効果が得られなかったのです。がん治療の最前線は、その程度のようです。


一年目の当日、幸い、白血球の低下現象がなく、娘は二週間休んでいた治療が再開できました。家族としては、いささかの諦観を抑えつつ、できることはなんでも支えていくしかありません。