がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

苦しみが次々と

心配事が次々と起こります。高熱の「腫瘍熱」には、導入している尿管への感染症もあったらしく、だいぶ治まってきましたが、こんどは、きつい貧血です。抗がん剤の投与はもう10週間ほどされていませんので、脊髄抑制というよりは、栄養失調からくるものです。


緊急入院いらいずっと点滴による栄養補給が続いています。しかし、腹膜播種のがん病変部の拡大などで腹腔から点滴がどんどん漏れています。一日、2.4リットルの点滴のうち、医師の話だと「半分近く」が滲出しているらしい。


これでは、せっかくの栄養が身につかない。腹水は溜まる一方で、出産期の妊婦のよう。娘はもう体が動かせない。腹部と背後部にも痛みがずっとあります。貧血を補うため400ccの輸血を行いました。


体力の低下とともに血圧も不安定になり、一時は上が80を切る始末。あまりの低血圧になると、意識がもうろうとしてきます。婿殿の話では、点滴になかにモルヒネ系の鎮痛剤が混入されているそうです。テレビを見ていても、ストリーがわからないといいます。


見舞いに行きますと、ほんとにやつれ果てて、かわいそうで、かける言葉もありません。水も飲めなくなっています。沁みて痛いのです。どんなに風貌が変わってしまったか、もうここでは紹介のしようもありません。不憫でなりません。


撫でてあげた足はふくらはぎが倍くらいに、むくみで腫れあがっています。心臓に向かってと上向きに強めにさすり上げてあげると、すこしラクだと言います。ナースの処置のため手を上げたときの二の腕は、子どものような細さに痩せ、骨が露出し、皮膚は黒ずんでいました。


病室にいる間に、別々に学生時代の友人、会社勤めのころの友人がお見舞いに来てくれました。彼女たちは仕事を持っていたり、主婦であったりして忙しいのに、何度も何度もお見舞いにきてくれて、娘を心から励ましてくれています。


親としては、感謝してもしつくせないほど、ありがたい友情です。こうした手厚い励ましや一人息子への強い愛情が、娘の生きる執念につながっています。息子がどんなにか娘の精神的支えになっていることか。


そういえば、送ってくるメールにも、文脈が乱れ、言葉足らずが目立つようになり、とくに長めの文は書けなくなりました。


過日、前後の脈絡なく書かれたメールは、こうでした。いきなり「玉子丼ダメ。手羽先のシオ焼き、オムライス、牛丼、マーボドーフ、エビフライ、ハンバーグ、ラーメン、すし、炊き込みごはん」。


もちろん、すぐにわかりました。一人息子の好みのメニューです。留守宅へ家内と姉が運んでいる夕飯について息子の好物のみを書いてきたのです。かたときも息子のことを忘れていないのです。このメニュー一覧のような”長文”は、もう書けなくなってしまいました。





腫瘍熱

娘に併発した腸閉塞について、人工肛門をつけるか、もう一つステントを留置するか。3連休を挟んで判断を持ち越しでいましたが、連休明けの朝方、CT検査に使った造影剤が少し出ましたし、小さなおならも出ました。


大腸が通じていると考えられるいい兆候でした。それで上記二つのうちの一つをしなければならないという案は、再び持ち越しとなりました。衰弱した体。さらなる手術に耐える体力がなく、大変心配しましたが、これについては、まずは安堵。


一方、腹水はどんどん溜まって、苦しいようです。パンパンに腫れあがっています。この腹水を抜くのも難問です。先に1リットルもの腹水を抜きましたが、これは対症療法にすぎないらしく、がん性の腹水は、腫瘍の広がりとともに血管やリンパ管からにじみ出ますが、これを止める手がない。


つまり、がんを抑えることができなければ、抜いても抜いても溜まってゆく。ガイドブックによると、抜水すると、たんぱく質の主要成分でアルブミンやナトリウムやカルシュム
などの電解質がいっしょに流失するので、ますます体力が衰えるそうだ。


だとすると、患者の痛みやしんどさを一時的に和らげる効果しかないわけですが、一時的にしろ、気持ちが穏やかに過ごせる、、、ということがとても貴重な時間ともいえる段階に差し掛かっているということかもしれません。


ところが、翌朝には、また新しい症状が現れました。39度の高熱が出ました。解熱剤を打ってもらって、下がりはしましたが、ナースの話では「腫瘍熱かな」とのこと。一日おいて、また朝方に39度が出ました。


いまは、よく効く解熱剤がありますけれど、高熱→解熱→高熱の繰り返しが体に言い訳がありません。そんな苦痛のときに、下痢便がでました。もう3週間、栄養補給の点滴だけ生きています。何も食べていないのに、出るものがあるのです。




イレウス菅に逆戻り

先日、娘は大腸ステントがうまく行き、鼻からのイレウス菅が抜けたと喜んだけれど、わずか2日間で、頓挫。イレウス菅を再挿入することになりました。どうもステントの効果が想定通りになっていないらしく、いわゆる、通じがぜんぜんよくない。


がっかりです。娘も家族もやりきれない。かえすがえすも不運を嘆くしかない。主治医もどうするか。しっかり考えていてくれると思いたいが、娘のメールによると、先生にも決断の時間が必要みたいな感じ。


先生の話では、対応策は二つ。大腸ステントをもう一つ留置するか。やってやれないわけではないが、腸管を傷める危険性が高まる。腸管に穴が開くと致命的。もう一つは、人工肛門をつくり、大腸の通りをよくするやり方だと言います。3連休が明けたあとに内科の先生とも相談して、善後策を決めたいとのこと。


どちらにするか。娘の意見を聞いてくれたが、娘にとっては、なかなか冷静な判断はできない問題。人工肛門??、思ってもいなかった展開になってしまい、先がみえない絶望感にとらわれている。


余談だが、今年のゴールデンウイークを天皇即位などにからめて10連休にすることを決めて、物議をかもしています。交通運輸、流通、サービス業界などいろんな業種をはじめ医療関係者からも異論が出ています。


医療は医師と患者だけの問題ではなくて、大きな裾野がある分野だから、その医療周辺だけで10連休を「世間並み」に消化することはむずかしい。人材や資材をやりくりして、危機に瀕する患者や常時観察が必要な患者の面倒がみられるほどの態勢はできていない。


態勢がないのに、休んでくれという制度が先行するのは、休みを返上しくれ、業務に不都合が生じても、やむなし、そのあたりはよろしくということを意味しています。政治家や役人にとってお気楽なホリデイも、患者にとって生き死ににかかわる休みでもあります。


月曜が振替休日制に採用されるようになってから、3連休が増えた。この制度でさえ、じっさいの医療や大学教育の現場では、有名無実化しています。孫娘が在籍した大学では、講座運営の支障がきたすと振り替えマンデーは休日になっていなかった。


娘の場合、3連休の壁にぶつかって、緊急の処置は持ち越しとなっています。栄養補給の点滴を受けて、じっと次の処置を待つ身でもあります。


前回に娘の容体はいつのまにか「緩和ケア」の域に入っていると書きましたが、これは認識不足でした。実際にはターミナルケア(終末期医療)の域にあると思わざるをえません。


娘ががんだとわかったころは、将来は、ホスピスへの転院もありなのかと家族で心配していましたが、病気の進行の方が早く、不意の緊急入院となれば、医療施設を選択する余裕もなく、当初から世話になってる病院に頼らざるをえない。


この病院はがん専門病院ではありませんが、いい消化器外科医がおられることが入院後にわかり、信頼してお任せしています。


それにしても、膵臓がんの罹患率と5年生存率という死亡率では、今もほぼ同じという冷厳な現実をつくづく恐ろしく感じています。