がん患者の父

娘が膵臓がんになった。まさかまさか、痛恨の極みです。

白血球をふやす

4回目の抗がん剤投与の翌日、娘はまた通院して、こんどは白血球を増やすための注射をうける。抗がん剤投与の後の二、三日は疲労感が強くて、何をする気にもならず、ゴロゴロしたいのだが、そうもいかないのです。


化学療法のまえに血液検査があり、腫瘍マーカーが基準を超えていないと点滴がうけられないが、これまで白血球値が基準に達しないことがあった。本番のまえの第一関門といった壁です。


四回目のあと翌日に通院したのも、次回に備えてのことです。この白血球の減少という現象は投与二週間くらいあとが、いちばん顕著になるらしい。


こうした不調のせいで、本来、二週間おきの化学療法が、娘の場合、三週間おきが常態化してしまった。正規の手順から外れていることに不安があるが、残念なことだが、やむ得ない。


この白血球を増やす注射にも、いろいろな副作用が起こり得ると想定されています。寒気がする、血の気が引くショック、アナフィラキシーにつながるとか、発熱、息苦しいなどで間質性肺炎を起こすとか。副作用リストを読んでいるだけでも、気分がわるくなるような症状がでるらしい。点滴に注射に、、と副作用の波です。


つらい病魔に取りつかれたあげく、思いもよらぬ厳しい試練に立ち向かわなければならない。こんな時、キリスト者たちは神の御加護を乞う。慈悲にすがり、奇跡を願うのだろうが、無信心の者は、ただ穏やかな時間が過ぎてい行くことを願うばかりで、なすすべがない。


患者と家族の心の問題もそうだが、無視できないことは、経済的な負担が実に大きいことだ。白血球を増やす注射は、一回3万円強だといいます。


サラリーマンの妻である娘は、がん保険に入っていると言っていますが、すっかり変わってしまったお金のかかる治療生活が肩にのしかかってきます。当然、親である私たちの暮らしのリズムも、娘のことを抜きに回らなくなった。


真冬に珍しく、弥生三月のような暖かさの昨日、娘は自宅近くに流れる川の堤を小一時間、散歩できたとメールしてきた。よかったなあ。


星野ショック

膵臓がんの治療を行ってる娘にとっても、家族にとっても、星野仙一さんの急死は大変なショックでした。スポーツマンで、まだ70才。みんな長寿の今どきです。比較的若い方といってもいい。


大勢の同病の方々がいることは、よくわかっていることながら、やはり有名人が同じ疾患で亡くなったときけば、痛手は切実です。昨年、乳がんでなくなった小林麻央さんのことも、同病の人たちのみならず、大方の人々にがんの非情さを改めて告げたような痛恨事でした。


四回目の抗がん剤投与がうまく行き、二日後のポート引き抜きに立ち会ってきた家内と姉の話では、星野さんの死を伝えるテレビ番組をついつい見てしまい、そして見るたびに落胆し、どうしようもない悲哀感に取りつかれていたようだという。


確かにそうだ。ネット上でニュースを探ると、星野さんは3年前にはHNKの家族の系譜をだどるような番組に出演していた。追悼番組をみると、内容というのは、自身の父母のことや、野球人生の活躍をまとめてあり、「この番組は家族や孫にも見せてやらなければ、、」と会心の笑みを浮かべていた。


2年前の7月、急性膵炎を発症、その検査で膵臓がんと分かり、治療をしていたが、そんな様子はおくびにも出さず、あとで知った野球仲間が驚いていた。


昨年の11,12月には東京と大阪で「野球殿堂入りを祝う会」があり、山本元広島監督、田淵元捕手らとにこやかに鏡割りをしている星野さんの姿がネット上に残っている。
すくなくとも見た目には病人の表情ではない。動きではない。


12月半ば、名古屋のラジオ局での対談をこなし、正月はハワイで静養という段取りまで決めていて、押し詰まった暮れに容体が急変したようです。


こんな様子を知れば知るほど、見かけとは裏腹に急速な勢いで進行、変化するがんの恐ろしさにたじろぐ。娘ががっくり肩を落とすのも無理がない。中一の一人息子には正月明けにも病状を伝えると、機会を探っていたようだが、とても病名なんか言えないと娘は泣いていた。


囲碁が強い息子の参加する囲碁大会にはいつも、どこへでも付いて行っていた娘は、新春初の大会へようついていけなかった。免疫力が弱っているので、寒風のなか外出して、もしものことがあったらと配慮したのだが、息子は「なんで見に来ないのか」と不審がったという。


そのことを話す娘は、涙ぐんでいたそうだ。






娘のお正月


嫁いだ娘二人の正月の習わしは、こうです。元日は二人とも婿殿の母親宅に年賀にいき、初詣。二日目はこちらに一家で泊りがけで遊びにきます。


次女は病気を抱えて初めてのお正月。抗がん剤投与3クールをこなしただけの状態で来れるのか、心配したけれど、思ったよりも元気な表情だった。


よく話すし、身軽に動く。お雑煮もすき焼きもしっかり食べていた。台所での片付けもちゃんとやっていた。一人息子とじゃれながら、宿題の手伝いをしていた。帰る前にはそろって回転すしに行き、変わらぬ食欲をみせていた。


どこが悪いのか。事情を知らないものにすれば、まさか悪性の病気と闘っているとは思いもよらぬことだろう。仔細に観察すれば、トシにしては首筋にやつれが見える。部屋のなかでも帽子を脱がないのが、おかしいかも。


しかし、取り立てて違和感にない立ち居振る舞いではないか。親としては、何度も反芻する感慨だが、最初の診断もセカンドオピニオンの見たても間違っていたのではないか、と思いたい。あるいは抗がん剤治療が劇的に効果を発揮したのではないか、と思いたい。


このように平常と変わらぬコンディションをみせながら、そのコンデションが、あと数か月とか、1年とかで命の炎が完全に消えてしまうのか、信じられないことだ。


それにしても、今朝の悲報。タイガースの2003年の優勝監督、星野仙一さん(70)が亡くなったとのニュース。タイガースフアンとしては大変残念なことだが、そのうえ死因は娘と同じ膵臓がんとあったのは衝撃だった。


ひがむわけではないが、また発症の経過を知らないのだが、、、と断りをいれながらも、まず思うことは、富裕(のはず)で著名人であるならば、いま最高水準にある治療を受けていたのではないか、それでも悪性腫瘍を退治できなかったのか。そういう忸怩たる感想です。


老若男女、賢愚貧富を問わず、がんは襲ってくる。なのに、世界の医学水準は猛威を振るう人類の敵に対してまだまだ無力です。本当の国難というか、人類難というべき課題は、実はこういうことを優先的に対処することではないのか。