80年まえのこと
今年は、昭和100年、戦後80年になるといいます。
もう30年余りまえになりますが、私大で講義のお手伝いをしてました。多くの学生は、おとなしくペンを走らせています。ただ、挙手して質問するような学生は皆無でした。後ろの方では、男子学生がスポーツ紙を読んでいます。常連のおしゃべり女子学生たちは、顔つき合わせて私語に夢中です。
まだスマホがない時代でした。今に電話をポケットにいれて持ち歩く時代が来るというと、みんな疑わしそうな顔をしてましたね。PCの操作法を教える講義もありました。そん時代です。
ある日の講義が終わって、珍しく女子学生が寄ってきて、こう尋ねました。
「韓国と北朝鮮の人たちは、もとは一緒だったんですか」
絶句しました。当然のことと、それを前提にしゃべっていましたが、そんなことを知らない学生がいたからです。南北朝鮮は、本来、一つの民族、一つの国家だった。日本による植民地化、その後の国際情勢の激流にのまれ、いやおうなく分断されているのです。
ある日、授業の始まりに黒板に「中東和平問題」と書きましたら、これも珍しく前列にいた男子学生が、「間違っています。平和の文字が逆になっていますよ」と指摘してくれました。これにもガク然としました。
イスラエルとパレスチア人を含むアラブ民族諸国は、第二次世界大戦のあと、イスラエルの建国をめぐって血みどろの戦争を第四次まで重ねて執念の対立状態にあるのです。しよっちゅう新聞でも中東和平問題は報道されて世界的な国際問題だったのです。
注:中東戦争 1948年から1973年までに大規模な戦争が4度起こり、それぞれ第一次~第四次に分類される。それ以降もアラブ民族、パレスチナ人対イスラエルの紛争は絶えない。
しかし、彼は、どうやら新聞なんか見たこともなかったのです。和平問題というような言葉さえ知らなかったのです。「平和」は戦争のない平穏な状態、「和平」は平穏な状態をつくる方向性のことなんですが、、。
あの彼、彼女はもう50代、おっちゃん、おばさんになっていることでしょうね。こんな昔話ですが、学生たちの無知を上から目線で書いているつもりは、まったくありません。心配しているのは、この国の歴史教育は、日本史にしろ世界史にしろ、肝心の今生きている世代につながる歴史をぜんぜん教えない仕組みが続いているから、こんな学生,つまり日本国民がいるのです。
いまも、無知な学生が、きっと量産されているでしょう。日本人が日本の比較的新しい、今に生きる地続きの歴史をしらないのです。過去をよく知ることから未来が開けるのです。「二度と繰り返しません」というのは、その意味だと思います。
なにしろ、日米戦争があったことを知らない、どちらが勝ったかも知らない学生がいるのはもう珍しくありません。「太平洋戦争は、湾岸戦争から始まった」と書いた学生もいました。たぶん、この学生は真珠湾攻撃から始まった太平洋戦争と、中東の湾岸戦争のこととがごっちゃになっているのです。共通点は「湾」があることくらい。あんまりな奇想に驚いたことがありました。遠い昔の学生のことです。
注:湾岸戦争 1990-91年、クウェート対イラクの戦争。クウェート側に米軍が参戦。日本政府は米軍の戦費をほぼ半分負担して経済的”参戦”をした。
いまの大学受験の歴史の試験範囲は、高校三年の二学期末までに学習したことだそうです。ですから、明治以降から第二次世界大戦、戦後の歴史について日本史も世界史も教科書の終りのほうでの記述ですから、「近現代は試験に出ない」という理由で習わないのです。
教師も学校も教科書の進行を、そのつもりで進めているといいます。学生たちが、先の日本の悲惨な戦争のことなんか知りませんよ、というのはやむえない面があるのです。歴史の話は、まずスマホの話題にはなることは滅多にありませんものね。
今年の共通一次テストでは、受験科目そのものも、「日本史」、「世界史」と独立した科目になっていないのです。「歴史総合、日本史探究」、「歴史総合、世界史探究」に変わっます。「歴史」は、独立した教科のはずです。なんで、こういうややこしいというか、もっともらしい科目名にする必要があるのか、こうした歴史科目の冷遇が、自国や世界の歴史や情勢に無関心な日本人を育てているのに違いありません。
日本の長い歴史の中でも、わずか数十年のうちに五回も海外で戦争した好戦国家となり、、、あげくに310万人もが死亡、数百万人が重軽傷、国土が焼け野原になる惨禍を受けた「戦争時代」ほど大きな歴史的出来事はないと思います。天皇が神様だった戦前と、国民が主権を握る戦後とは、まるで国家の体制がまったく変わってしまったのです。これは徳川幕府が明治新政府に変わった以上の大変革の歴史だと思います。
注;五回 日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、日中戦争、第二次世界大戦(太平洋=大東亜=戦争)。この間に台湾、朝鮮、南樺太、南洋諸島などを植民地化、シベリア出兵、満州事変、ノモンハン事変上海事変など局地的紛争は数多し。
誰が、なんのために、
どういうことをやったのか、
そして、その結果、どうなったのか。
こうした重大な歴史出来事を国や文科省は、なぜ積極的に教えないか。教科書の進み具合のせいにしているのか。それは簡単な理由です。
戦後、この国の政治を握った自民党は、その戦争を含む時代について「あれは、あれでよかった。負けたけれど、あの戦争は正しかった」と認識しているからです。あの戦争を反省し、教訓とする姿勢がぜんぜんない。そのため、文科省(旧文部省)は、歴代の自民党権力者に忖度して、まだ価値観がいろいろあってとか、まだ評価が定まらないとか、むにゃむにゃ言って、ゴマかしているのです。
あのアへの祖父で開戦時の閣僚だった岸信介はじめ歴代の自民党首脳は、改憲して天皇中心の戦前復帰を希求しています。あの戦争が正しかったなどという歴史を都合よく解釈する歴史修正主義の権力者たちが政権を握っています。彼らの顔色を窺って、文科省は、正しい歴史的な評価を学ぶ教科書を避けている、教科書の進み具合のせいにしているとしか思えません。
弥生時代や鎌倉幕府を学ぶのも大切ですが、やはりもっとも大切なことは、この国が歴史上、間違った道を歩んだ出来事を公平に判断して、再び繰り返さないことを、しっかり学ぶことでしょう。
80年前まで「大日本帝国は世界で唯一の神の国で、大日本帝国は世界を、さながら一つの家として統率する民族」「大日本帝国はいかなる困難のときも神風が吹いて、この国を守る」などと、今にして信じられないような誇大妄想に熱狂的に陶酔していたことを忘れないことです。
正義の戦争、自衛の戦争なんてものは、戦争をやりたがる連中の決まり文句です。先の戦争も「自存自衛のため」が名目の一つでした。このことを学ぶだけでも、歴史を学ぶ価値があります。
戦争をやりたがるのは、権力者の野心、そそのかすのは、それで儲ける軍需産業、熱気に乗せられてはしゃぐ一部の国民です。そして、海に山に町角で遺体をさらすのは、いつも言いなりなる大衆です。この遺体、百万人以上が、まだ放置されたままです。
向こう5年間で43兆円の巨大予算を組んで自衛隊を増強、各種兵器を拡充する国家政策を持つ政治家や政党に対して、あの時代の歴史を知れば、「やめときなはれ」(なぜか大阪弁になりますが、、)と投票先を変えられるのです。
(以下の写真3枚はいずれもGOOGLE画像検索から引用しました)

勇ましい軍艦マーチにのって、大東亜戦争(太平洋戦争)が真珠湾攻撃と
マレー半島上陸の二正面作戦で開始されました。暁の奇襲作戦でしたから、
新聞報道は(昭和16年12月8日付き)夕刊でした。ちなみに日本の戦争は
いつも先制攻撃、奇襲でした。日本人としては、こういう卑怯なやり方に
も釈然としない事実です。

南太平洋ソロモン諸島のガダルカナル島。米軍の猛攻に日本軍は壊滅、海岸線に遺体が放置された。ガ島からの「撤退」は、「転進」という言葉に言い変えられて、国民をだました。ミッドウエー海戦とガ島壊滅で、その後は敗色濃厚にも関わらず、勝った勝ったとウソの発表を続けた。神風が吹くぞ、吹くぞ、と国民を煽った。危うく上陸する米軍と本土決戦、全国民が竹ヤリを持って,一人一殺を期して戦死する寸前まで行ったのです。

開戦から3年10ヶ月、大日本帝国の帝都、東京は、米軍のB29爆撃機の大空襲で焼
け野原になりました。この空の下で10万人強の都民が”戦死”しましたが、民間人の死傷にについて政府は一切、見舞金を払っていません。損得勘定を持ち出すのは、不適切ですが、死に損です。アホらしゅうて、戦争なんか、やってられまへんの気持ちが、国の愚行を救います。トランプのために、自公政権のために、死んだらあきまへんよ。
選挙の投票先は、戦争に色気を見せるところを避けましょう。
気を付けよう、汚染水と自公維国!!
夏の参院選、都議選では、裏金、世襲、差別、統一教会、タレント関連議員、石丸新党候補を落選させましょう。