退屈な80代

           還暦、古希、傘寿を経て、日々の所感を綴ります。

映画「ファーザー」

usagi

 この映画で昨年度のアカデミー主演男優賞をもらったアンソニー・ホプキンスが認知症の老人を演じる『ファーザー』。DVDで見ました。実物のアンソニーは、しっかり83才。劇中のボケ老人役は81才の想定ですから、アンソニー本人にも、ぼくにとっても、分身みたいな人物の話です。



(Google画像検索から引用)


 ロンドンの広いフラット(階ごと区分の分譲住宅)で離婚している長女と暮らす。老人は腕時計に執着して、手首にないとヘルパーを疑う。盗癖があるのを証明するため、盗りやすいようにワナを仕掛けてやったら、ヤッパリなくなった。ヘルパーをクビにしたと、得意げにわめく。


 長女はまたかといった表情で、浴室に残された腕時計を父の戻してやる。わめいた父はもう忘れているが、もう3人目のヘルパーを見つけなくてはならない。ヘルパーがいないと、自分も新生活が始められない。実は長女はいい再婚相手を見つけていて、パリにすむ計画がある。週末は面倒を見に帰れるという。


 それを父に話すと、父の目には隣の居間で新聞を読んでいる長女の(別れた)旦那が見えている。どうするのかと話しかける。実際にはいないのだが、このあたりから、ややこしくなります。この映画が、これまでの恍惚、ボケ老人問題を扱ったものと一線を画しているところです。


 この種の映画や小説は、幻覚幻聴、モノかくし、嫉妬妄想、盗癖妄想、暴行暴言、罵詈雑言、徘徊、漏洩、糞便食、引きこもり、ありとあらゆる認知症症候群に悩み、翻弄される家族、介護人の立場から認知症者をみた作品がほとんどです。


 『ファーザー』がユニークなのは、認知症老人が家族やヘルパーや世間を、どう見ているかを描くシーンが随所に挿入されていることです。したがって観客は、現実と妄想が虚実入り乱れる場面に迷わされます。なにがなんだか、迷路に誘われます。


 新しい若いヘルパーがきます。次女とそっくりなので上機嫌になり、絵描きの次女のこと、次女が描いた壁の絵を指して自慢します。むかしはオレはダンサーだったと言って、ステップを踏んで見せます。


(次女はとっくに事故死しているが、絵を描くため旅行に出かけていると信じている。ことあるごとに次女をほめるので、長女がうんざりしています。壁の絵ははずされて廊下においてあります。本人は元の職業はエンジニアだが、別の場面ではサーカスにいたという)


 若いヘルパーが、踊る老人に笑いを返すと、不意に老人は激怒します。オレを老人と思って無意味な愛想笑いをしている、小バカにしているのか、と。どこまで正気か、ボケなのか、気分が激変する。付き合い方がわからない。ヘルパーも鼻白む、長女も困惑するばかり。


 介護に疲れ、長女はベッドで寝ている父の首を絞めにかかり、とちゅうで思い直すこともあります。結局、ホームに入れるのですが、その話を再婚相手と話していると、立ち聞きした老人は「このフラットも財産もみんな奪って,オレを捨てる」非情な娘に見えています。


 ホームで数週間経過しているのに、中年の女性介護人に「あんたは誰だ?」「ここはどこだ?」「うちに帰りたい」。突然、大声で泣きだし、号泣が止まりません。訪れた医師は、別れた長女の元旦那に見えています。「お母さん、お母さん」と顔をゆがめて叫びはじめ、あやされると、介護人の肩に頭をのせて「ママ、ママ!」といつまでも、しゃくりあげます。


 「二度童子」(にどわらし)という言葉があります。老人が脳の機能衰弱で、記憶力や判断力がなくなり、話すことから立ち居振る舞いまで、幼児還りすることを意味しています。おむつをしてやっと立つ一歳児と、やはり、おむつをして立つお年寄りの後ろ姿は、そっくりだそうです。違うのは、一歳児はみるみる記憶や知識が増えていきますが、お年寄りはどんどん何もかも喪失して行きます。


 昔は還暦を迎える頃から二度童子といったらしいが、高齢化時代とはいえ、個人差が大きい今なら、どの程度のボケ具合なら、その言葉がふさわしいのだろうか。


 泣きじゃくった老人は、介護女性の黙ってうなずくだけの肩にもたれて、寝てしまいます。老人がいちばん穏やかな、平安な状態です。まさに幼児そのままの泣き寝入りです。


 カメラは横移動して、ベッドの脇に置いた二人の娘に囲まれた若いころの家族写真、窓際の枯れ葉が舞う柄のカーテンを写して、外のあふれるような陽光の緑の森を長く写しして、無音で終わります。


 どういう意味合いを込めたエンディングかわかりません。いずれにしても、この問題は、いまのところ、救いがない。苦しみ、悩み、悲しみ、人間のもつ知性や感情を総動員しても、当事者も周辺の家族も納得できるものではない。あきらめるしかない。あきらめられるまで、いろいろ尽くしたという納得しかない。「もう充分にお世話をしましたよ」と自他ともに、得心するしかない。


  演じた俳優、アンソニー・ホプキンスは、冒頭に述べましたように実年齢が83才。二度目のアカデミー賞を受賞する名演技をするのですから、なんとも脱帽です。


 このDVDを見た日の朝、歯医者に行って、履いていたスニ―カーがどれだったか、わからなくなり立ち往生しました。今頃のスニーカーは、底が白い、なんでおんなじ柄ばっかしなのか。しかも、この日は、じつは泌尿器科の予約日だったのです。忘れてました。


 まあ、80代だって、いろいろあらなー。開き直るしかありません。予約を取り直しました。電話を受けてくれたナースの声が、みょうに親切で、やさしいのだなあ。年寄りと分かっていって、そんなことはよくあることよ、という響きがありありなんだなあ。あれって同情しているのか、憐れんでくれているのかなあ、見透かされているようで、、、ああ、これって、ひがみなんだろうな。