閑散プール
およそ10年くらい前、はじめて公立の温水プールに行ったとき、驚いた。プールサイドで憩う人、泳いでいる人、みんな年配者たちばかりなのです。爺さん、婆さん、お年寄りはこんなところに隠れていたのか。そんな驚きでした。
そのころ、すでに図書館や公民館、映画館、スーパーマーケット、あるいは日帰りバスツアーなんか、そこのいる人は、みんな高齢者と言う風景になっていましたが、そうか、プールも占領していたのか、びっくりでした。
自分が高齢者であることを棚に上げてのことだが、あふれているはずの高齢者たちは、昼間、どこへ行っているのだろうか。そう思っていたことが、一つ確かめられた。高齢者たちの穴場探しに感心したものです。
しかし、改めて考えるまでもなく、平日の昼間、プールを埋めるのは、高齢者くらいしかおらず、堅気のサラリーマンやパートの主婦たちは額に汗している時間だ。けっこうなご身分と言えるかもしれない。
プールではクロールや平泳ぎを正しい泳ぎ方をインストラクターに教えてもらっている人や、黙々と何十回往復している達者なおじさん、キレイなフォームで優雅に泳ぐおばさんもいる。水のなかだけに伸び伸びと軽い身のこなし。スイミングはいい運動です。
こちらは腰痛持ち。ならばサイクリングや水中ウォーキングがいい運動になると医者に勧められて行ったので、もっぱらコースの端に設定されているウォーキングコースを行ったり来たり。浮力があって体が軽く、しかし大きな水圧に体が押されて、歩くのも大変。カニの横ばい歩きやバック歩きなど一時間もやるとぐったり。
だいたいいつも同じような時間帯に通うと、自然に顔見知りになり、雑談をかわすようになる。プールの前後に男女共用のサウナ(官製のせいか、採暖室という名称)に入り、ひな壇に座ってあれこれ話す。むかしの仕事なんかには、触れないというのが暗黙の了解みたいで、気楽な雰囲気が楽しみといった風情。
常連さんは、いつも座る場所がきまっていて、必ず話をシモネタに落とし、おばさんたちをケラケララ笑わせるのが得意なおじさん、巨人が負けると、怒り狂って、まるで球団オーナーになったみたいに、監督解任や打線変更、あのピッチャーはトレードだ、などとまくし立てるお爺さんもいた。また、入るなり目閉じて低い声でなにやらお経を口ずさむ瞑想爺さんもいた。
おばさんたちは、おおかた丸っこい体つきになり、膝をそろえて座り、スーパーの買い物情報やどこそこの医院の先生は腕がいいとか、不機嫌だとか、どこの店の店員さんは愛想がいいとか、悪いとか。名の知れた年配の芸人が亡くなったりすると、身内が死んだかのように嘆くおばさんたち、暮らしやテレビにまつわる話に花がさく。なかには見るたびに派手な色の水着が変わるおしゃれなおばさんもいた。
だんだん事情がわかってくると、常連さんたちは、プール外でもカラオケとかハイキングとか、パターゴルフなどの会をつくり、定期的に集まって楽しんでいるらしい。先生出身ではないかと思えるおばさんが、あるとき、「こうしてプール通いして健康をたもっているのは、国の医療費軽減に役立っているのよ」と言っていたのは、たしかに正解だと思った。
一年半ほど通ったが、その間に、顔見知りになった男女計4人は亡くなった。シモネタおじさんもあっけなく、肺がんで逝った。公民館で書道クラブの会長をやっていると言ってたおばさんも、癌で亡くなった。
その後、民間の大きいスポーツジムに代えて通い続けています。ここでも平日の昼間は高齢者ばかり。夜間は会社帰りの若い人が来ると係り人が言う。バーベルなど使うマシン系の運動器具、ダンスやヨガをするスタジオ、それに25メートルコースが5本ある温水プールとサウナがありますが、最近はコロナ禍のあおりでガラガラ、スタジオは閉鎖となってしまった。
行き場をなくした「健康運動大好き高齢者たち」が、来年あたりは不養生で大勢亡くなるかもしれない。