退屈な80代

還暦、古希、傘寿を過ぎて 日々思うことを綴ります。

国葬に反対

 8月3日に参院選後の初の臨時国会が開かれます。その場で元首相への追悼演説が行われる予定です。たぶん自民党幹部あたりが、民主主義を断固守り通した、偉大な政治家だったと美化・賞賛するのは目に見えています。こういうときこそ、アホらしやの鐘がなるという気分になるのです。


(FACEBOOKから引用。東大での立て看板)



 一有権者として、彼の国葬に反対する声をあげておきます。国葬是非論は、ほぼ出尽くしています。元首相には「歴代最長」だったというほか、なんの功績もないどころか、戦後、築いてきた民主主義を地に落としてしまった最悪の政治家という認識です。いま国民に漂う物事をあいまいにする、責任とらない、閉塞感やあきらめ、なんかやっても、どうせうまくいかない、という倦怠感を根づかせてしまいました。


 まず反対の理由に、国葬には法的な根拠法がないことです、元首相が”大好き”だった「閣議決定」では、「内閣・自民党葬」が限度であること。多額の税金を出費するわけですから、自民党は、国民、国会への説明しなければなりません。何より死者を悼むかどうかは、内心の自由の問題であって、政権が強要するものでありません。


 情報通の話によれば、キシダが遺族の意向を確認することなく、一方的に決めたことで、喪主のアキエがムクれているらしいこと、派閥へのすり合わせも十分でなく、党内に異論が出ていること、追悼演説を誰がやるのかと、ひと悶着ありそうです。


 政治的実績では、官邸に一室を与え、一時は五人もの国家公務員を秘書にしていた妻アキエを「閣議決定」で公人ではなく、私人あつかいに決定したように、万事に民主主義的な手順を無視、憲法に規定する野党の国会開会要求を放置したり、官邸、内閣法制局、検察、警察を「べったり忖度官僚の子会社化」したこと。この結果、法と正義が守られず、国民の安全と自由が損なわれています。


 そして、ぼくがいちばん反対するのは、閣議決定でもって、戦後ずっと自民党でさえ違憲と認めて棚上げしていた他国とともにと戦争する権利(集団的自衛権の行使・容認)をきめてしまったこと。それに伴い秘密保護法とか共謀罪とか、戦争を進められる体制を作ったことですね。


 経済的には日銀を「子会社」にして国債発行会社にしたこと、不毛のアベノミクスを継続し、経済再生に失敗したこと。法人減税を重視し、国民所得の格差を肥大化、分断させたこと。この十年、GDPは伸び悩み、サラリーマンの月給は減っているのです。全国の高校の数より、貧しい子どもたちの食事を提供する善意の「こども食堂」の方が多いという貧困家庭を生み出しています。


 国際的には、内政に行き詰まると、不要な外遊を繰りかえし、歓心を買うため血税をばらまいたこと、その最終目的が自分の引退後、国連事務総長のポストを得たいがためのエサまきであったということ。例がないほど対米追随姿勢を深めて、国際社会で米国の完全な属国化をトランプ相手に体現したこと。プーチンに「日本は自主判断ができるのか」と皮肉られた北方領土交渉、拉致家族など懸案の外交課題は口先だけでなんら実効を得られなっかったこと。


 政治倫理・道義的には、フクシマ事故で国際会議の場でウソをつく。国会でも平気でウソをつく、悪事が露見しないように官僚に公文書の改ざん、隠蔽、破棄を常態化、公務員が死をもって抗議しても「我れ関せず」、モリカケサクラと政治の私物化に自省のかけらもみせなかったこと。日ごろ「嫌韓反中」を声高に口走り、ネトウヨたちを煽る一方、裏では、韓国生まれのカルト宗教団体と指導者に深くかかわり、日本での広告塔を務め、かつ票とカネをもらっていた疑惑があるという、卑劣ぶりです。人間的にはサイテーですね。


(google 画像検索から引用。山口県の地元紙)


 死後、カルト宗教、旧統一教会との闇のつながりが、祖父の代から自民党の集票と集金に深くかかわっていることが、ようやく明るみにでてきました。元首相は、このカルト宗教を「監視対象の特異集団」の枠を外しました。また霊感商法など違法行為の捜査を「政治の力」でストップさせていました。一方では「家庭連合」というソフトな名称変更には協力していました。


 さらに浮かび上がってきたことは、自民党の憲法改正案は、この統一教会前身の「国際勝
共連合」時代からの提言と酷似、しかも自民党を支える「日本会議」との提言ともほぼ一致していることです。


 つまり、元首相はじめ多くの自民党議員は、「統一教会」と「日本会議」から施策や思想信条を教導されているという信じられない政党といういうことです。元首相は「ミコシは、軽くてバカがいい」(小沢一郎の弁)からこそ、「歴代最長」になれたのです。


 どんな人物か。安倍が在学中、成蹊大学で政治思想史を教えていた加藤節教授は次のように言う(『フライデー』二〇一六年五月二七日号)。


「安倍さんを表現するとき、私は、二つの『ムチ』に集約できると思うのです。一つはignorantの『無知』、もう一つはshamelessの『無恥』です。『無知』についていうと、彼はまず歴史を知らない。戦後の日本が築いてきた歴史を踏まえていないんです。歴史はよく知らないから、そんなものは無視しても良いと考えているのではないでしょうか?」


「もうひとつ、安倍首相のshamelessの『無恥』についてお話しましょう。一言で言って、安倍さんはずる賢いんです。立憲主義とは、最高規範が権力を縛る、というのが基本的な考え方です。いまでいう最高規範は憲法ですよね。憲法が政策決定に影響を与えるのは当然のことなのです。しかし、安倍首相は自分の考えに同意する人物を登用し、反対する人はクビにしてしまう。つまり、安倍政権のやり方というのは、『法による支配』ではなく『人』による支配なんです」


  元首相はかつて「憲法は日本の恥」とまで言っています。恩師に無知と無恥と言われる人物でした。


 アメリカで初めて暗殺された大統領はA・リンカーンです。奴隷解放を進めて、それを恨んだ男に銃撃されました。リンカーンが残した「人民の 人民による 人民にための政治」は、民主主義の神髄を表現する名言です。


 元首相とは比べようがないのですが、あえて言えば、元首相は「世襲の、権力による 利権と身びいきのための政治」でした。長期間、政権にあぐらをかきながら、彼は世界の子どもの貧困をなくそうとか、難民をなくそうとか、そんな人間らしい知性に富んだ夢や理想を語ったことがありません。何んのために政治家になったのか、この人物は?? と思っています。


 なお、統一教会について、へっぴり腰だったマスコミのなかで、以下のTV番組はまともに取り上げていました。お時間があれば、御覧になってください。


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問われる政治との距離 激震・旧統一教会と日本政治【7月22日 (金) #報道1930】| TBS NEWS DIG

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