退屈な80代

還暦、古希、傘寿を過ぎて 日々思うことを綴ります。

小春日和の思い出

 このところ穏やかで暖かい日々が続きます。厳冬期まで、ちょっと足踏み。


 年寄りにとっては、小春日和の季節は人生の流れと重なり、しみじみと味わい深いものです。庭で日差しを浴びて、まだ枯れずにいるコスモスのピンク、鉢植えしたばかりのパンジーの黄花を見つめて感慨にふけります。我が身は、すっかり色あせたなあ。


 盆も正月もなく、サクラも紅葉も眼中にない働き蜂だった現役ころ、そんな仕事に背を向けて休日には、山登りを始めた。それを知った、ずっと年下の職場の後輩が、「師匠、師匠」とぼくをおだててくれて、山へ一緒についてくるようになった。


 小春日和の山頂。落葉した大きな栗の木の枝の下でお昼にした。ぼくが用意したのは携帯用ガスコンロや片手鍋やナイフなど。彼は独身だが、慣れた手つきで食材を料理して、おいしいトリの水炊きを作ってくれた。心地よい風。山で飲むビールは特別にうまい。彼は最後に、卵を割って、おじやを勧めてくれた。


 「君はそんだけ器用なら、結婚せんでもいいなあ」 
 「師匠, ほんまに女は苦手ですねん」
 「なんでやね」
 「いろいろありまして。結婚はあんまり急いでないんですが、正直なところ、こどもは欲しいんですわ」
 「変な奴やなあ。そりゃダメだろ。たとえ養子をもらっても、誰が育てるんや」
 「そうですけど、、、」


 難題です。ビールを焼酎に変えてほろ酔い気分が進むと、思いつきました。彼の夢をかなえる願ってもない”秘策”です。


 「君なあ、子連れバツイチをもらえば、一挙に解決や。バツイチしたばかりの若いピチピチ未亡人を探すことや。まあ、今どき、未亡人は禁句やけどな」
 「師匠!、そりゃ、あんまりですわ」


 彼は、この一挙両得の合理的な提案が不満だったようで、長い間、根に持っていた。飲むとこぼしていた。
 「師匠は、ツメタイ」


 ところが、です。あれからウン十年、定年前になった彼から結婚したという連絡があって驚かされた。そのいきさつを聞いて、二度驚かされた。


 なんと彼は、五十代早々のバツイチ女性と結婚したのです。すると、その女性には嫁に行った娘がおり、その娘には女の赤ん坊がいたのです。彼は、妻と娘と孫娘という”一挙三得”というか、”三冠王”というか、ハットトリックというか、実にたとえようもない一大快挙を成し遂げたのでした。


 彼の話では、赤い糸は、ちゃんと山に縁があったのです。仕事帰りに寄った居酒屋のカウンターで3人連れの女性客が山歩きの話をしていたので、隣に座った彼も自然に話に加われたのです。山登りの話に意気投合したのが、そもそもの始まりだったといいます。 ぼくの影響もすこしはからんでいるのです。


 「世間では、もう飽きた、飽きたという人もいるトシになってやな、新婚生活って、どんなもんか」
 「いやー、師匠、女っていいもんですね」
 食わず嫌いのピーマンが食べれるようになった。そんな口ぶりでケロリとしていた。


 思えば、ぼくの”合理的提案”をはるかにしのぐ 超現実な大団円でした。山登りにふさわしい小春日和には、一度は思い出すエピソードです。

×

非ログインユーザーとして返信する