退屈な80代

還暦、古希、傘寿を過ぎて 日々思うことを綴ります。

物忘れ、ことしの決算

   参加しているサークルの忘年会が中止になりました。
 忘年会に追われた現役のころが夢のよう。いまでは唯一の機会なのに、残念なことです。


 ただ、こちらは、ただ残念がっておればすみますが、コロナ禍は居酒屋さんにとって死活問題であることがよくわかります。医療関係者のご苦労には言葉もありません。八方無策のせいで、善意の人々が困り抜いています。


 死活問題とまでは言い切れませんが、生命力の劣化と思われる物忘れが、今年もたくさん起きました。たいていは、あとで「忘れていたこと」を思いだして、メモに列記しています。


 しかし、本当に怖いのは、忘れているのに、そのことを思い出せないこと、さらには、そんなことはなかったと言い張る頑迷固陋が現れることにあります。心の柔軟性が干からびて、記憶力の硬直化がくることです。


 メモにある「物忘れ」の今年の主なものを列挙しましょう。こんなことを、忘れるのです、トシをとると、、、、。いえ、これは個人的な経験です。


一、傷害保険の加入用紙に記入していた。途中でミスに気づいた。住所と名前の記入欄を間違えていた。他人の面前でこんなミスをするかと意識すると、自宅の電話 番号がなかなか浮上しなかった。いよいよ、危うし、の感。


一、朝、降圧剤を飲んだかどうか。外出先で確信がもてなくなると、不安がキューッと募る。わずか二時間ほど前の食事のあとに飲んだかどうか、それが思い出せないから深刻である。飲んだような気がするし、飲んでいないような気もする。この不確かな気持ちが不快でたまらない。


一、自宅の郵便番号とか、電話番号がすんなり出てこない。自宅宛に手紙をだすことも、電話を掛けることもない。書面に記入する機会も減ってしまったので、全然、出てこない。しかし、まったく忘れているわけではないらしく、似たような数字が出てくる。むろん、ミスっているので、ダメなんだが、、、。


一、洗濯をしていた連れ合いが家人が奇声を上げて来た。手に濡れた財布を持っていて言う。ズボンのお尻のポケットに財布が入っていた。洗濯してしまった、と。出先から帰ってズボンをそのまま洗濯機に放り込んだのだ。いつもなら、ポケットから取り出すのに。いよいよ痴呆老人化へ進みつつあるようだ。


一、入れ歯を忘れる。前歯4本が欠けているので、忘れると、老人顔が一層深まる。とうてい他人と会話する気が失せる。幸い、昨今はマスク必携なので、助かっているが、マスク越しに空気が漏れた声は聞きずらいだろうな。恐縮しています。


一、身辺雑事に物忘れの山を築いている。トイレの消灯を忘れている。流し忘れている。風呂上りにガス栓をひねり忘れている。レンチンに温めるはずのマグカップを残したままだ。朝、起きてびっくり、雨戸を閉め忘れている。借りてきた本を2度読みしている。数ページすすんでから、アア、ここは読んだと気づきます。


一、モノ忘れ癖がつくと、強迫観念が起きてくる。つまり、すぐに忘れ物をしているのではないか、と気になりだす。カバンに書類を入れ忘れたのでないか、と気になりだすと、クルマを止めてまで点検するハメになる。こりゃもう、ビョーキだ。


一、カレンダーに備忘のために日付を〇で囲んで印をつけている。これが、なんのために付けたのか、それが分からない。どうなっているのかな、この頭。 


一、きょうは何曜日か、と連れ合いが聞く。答えられず、新聞の欄外を見て調べる。ああ、いよいよ世間様の時間の流れから外れてきたなあ。


一、アレを調べておこう、アノアノ、アレノ件どうなったかな。ふだんにやらなければならないことが、ときどき頭の中に浮かぶけれど、ほんの瞬時に忘れしまう。布団に潜って眠る寸前に思い出したりしても、もう面倒臭くて片付ける気にならない。かくして、何事も解決することがない


一、いやー、語るに落ちた話。郊外電車で下車して、なにげなく我が身のズボンを見ると、
社会の窓が開き放しだ。思うに、自宅最寄り駅から乗車、ターミナル駅で乗り換えて、その間、ずずっと開いていたわけだ。ああ赤面、ああ恥辱。耄碌したな。あれっ、この話、以前も書いたか。


一、ハガキを一枚、机の上に置いてある。返事をだすつもりなのに、いつまでも、そこにある。スマホの電話番号は、長いので、覚えきれず、裏に紙に書いてはってある。


一、風呂上りに体を洗ったかどうか、気になって、もう一度、洗い直す。こんな堂々巡りをしていたら、そのうち風呂から永遠に出られなくなるかも。


一、記憶力の忘却と関係していると思うのだが、新聞を実に雑に読み流している。つまるところ、世の中のことは、もうどうでもいいじゃないか、という姿勢が強まってきている。世事に無関心になりつつあるのは、危険信号である。認知症へまっしぐら、だ。


 モノの本によると、加齢と記憶力の衰退は関係があるという。わが身に照らしても、それはわかります。ただ、記憶力の減退と思っていたことのなかには、注意力が散漫になっていることもあるとして、眼鏡を置いた場所やキーの置き忘れなどを例に挙げている。


 これらの例は、純粋に記憶力というよりも、通常やってないようなやり方で、眼鏡やキーを置いたりするため、どこにあるか分からなくなる。必ずしも記憶力にかかわることではなく、不注意のせいらしい。


 なるほどと合点しますが、オチがありました。その注意力が散漫になるというのは加齢によるのだ。つまり、加齢と注意力不足と記憶力減退は、みな仲間同士なんだな

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