退屈な80代

還暦、古希、傘寿を過ぎて 日々思うことを綴ります。

石炭ストーブ

 雪の津軽平野をストーブ列車が走る美しい光景を見ました。なにげなくオンしたBSのTVです。BSには、まだ紀行や歴史や文化などの情報に見るべき本来の放送が多少あって、ホッとしますね。


 それはさておき、ストーブ列車というのは、車内の暖房用に石炭をくべるダルマ型ストーブがあります。車内で売っているスルメを買うと、その場で焼いてくれます。網の上でスルメが縮み、反り返ります。酒を酌みながら見る窓の外は銀世界といった案配。旅情に誘われます。


 めらめらと真っ赤に燃えるストーブの炎を眺めていますと、駆け出し記者として、はじめて赴任した滋賀県の大津支局の石炭ストーブを思いだしました。石炭ストーブなんて、もはや死語でしょうね。若い人は見たことがないかも。


 まだ、新幹線は開通せず、名神高速は開通寸前、琵琶湖大橋は架橋計画のさなかのころ、60有余年まえのことです。あのころはまだエアコンがなく、家庭では灯油ストーブかコタツ。事務所では石炭ストーブが必需品でした。湖国の冬は、湖西や湖北ではほとんど雪国同然。大津は県庁所在地といっても活気がない、底冷えのきつい街でした。


 夕方、出先から先輩記者たちが引き上げてきて、原稿書きが一段落すると、みんなマージャン台を囲みます。毎晩のことです。マージャンが嫌いなぼくは、「おー、寒いぞ」、「おい、すまんな」、こんな声がマージャン台から上がるたびに、ストーブにバケツからの石炭をくべます。ストーブの中に平たく石炭を手際よくのが難しい。


 ぼくは、下宿にめったに帰らず、支局の二階で寝泊まり。ですから夜は「警戒電話」を一時間ごとに県警本部や主要各署に入れる役割と、石炭係にされていました。(昼間は事務補助員さんがやってました)


 本社の新人研修でのこと。担当の上司が「一人前の新聞記者になりたければ、君らは結婚するな。家庭を持つと、熱意や勇気が失われるぞ」と説示していました。いまなら一発で人権無視のアウトですが、同期に女性一人もおらず、徒弟制度みたいな古臭い社内組織が当たりまえだったころのことです。マージャン台の先輩諸氏も午後九時すぎると、腰を上げて飲みに行くか、帰宅して行きます。それほど、記者はマージャンが好きなのか。


 これは、実は、遊んでいるいるようで、いつ起こるかもしれない事件事故に備え、足止めされているのです。仕事が生み出した知恵なんです。記者は自ら選んだ職業ですが、その家族には大変な迷惑をかけます。”石炭係”のぼくは、あの上司の説示がわかりました。


 時間を選ばず、不祥事は起きるし、締め切りに追われる、同業他紙との競争すさまじい、ストレスだらけの生活。危ないことにもさらされるし、転勤は多いし、、、家族をもって妻子とともに平凡で静かな暮らしを願うのなら、ムリだろうなとおもえましたね、当時は。いまは、どうかな。


 或る時、温泉旅館で心中と聴いて、125㏄の単車で真っ先に現場へ行きました。30代らしい全裸の男はうつむいて息絶えていましたが、女は大股開いて大の字になり、口から白い泡をぶくぶく噴き出したり、大いびきをかいていました。布団は跳ね飛ばされ、あたりはチリ紙だらけ。相思相愛?の男女が死を決意して、抑えがたい情熱の果て、、、。落花狼藉の修羅場を目の当たりにしました。


 国道わきの食堂に暴走トラックが突っ込み、食事中だった男二人が即死しました。トラックが壁をぶち抜いて店内を抜けて反対側の壁も突き抜けていました。ラーメンとか親子丼とか昼食を食べていた二人は、何が起こったか、考える一瞬の間さえなく、昇天したのです。こんな不条理な死に方があるのか。


 警察署の裏庭でしゃがみ、うつ向いている若い女性ふたり。「二人ともなあ、湖畔で強姦された被害者や」と捜査員。
 顔なじみになった警察官が自宅で見せてくれたわいせつ写真や絵巻の数々。あれは、どういうつもりだったのかな。
 車にはねられて死んだ作業員の男性は、きれいな下着を着ていて、検視の警官が感心していました。
 中年の僧にかしずく端麗な美少年僧に「記者さんは若いから玉子入れてあげなさい」とうどんをごちそうしてくれました。妙な空気が流れるお寺さんでした。
 厳寒の比叡おろしが吹く田んぼの土管のなかで一晩すごして、助かった迷子の5才女児。あの子は、60代のおばさんになっているかな。


 脈絡なく、いろいろなことを垣間見る仕事です。そのころNHKのTV番組に『私の秘密』というのがあって、高橋圭三アナが「事実は小説より奇なりと申しまして、世の中には変わった珍しい、、、云々」と前口上を述べていました。


 警察担当兼住み込み石炭ストーブ係だった一年目の冬は、日々、次々に体験する世相のかけらが、生々しく、刺激的で、興味が尽きなかったですね。

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