退屈な80代

還暦、古希、傘寿を過ぎて 日々思うことを綴ります。

憲法9条で守れるか

 「憲法9条があれば、外国からの侵略は守れるのか」


 ロシアのウクライナ侵攻に便乗して、こういうことをおおぴっらに言い、「だから9条を改憲」して「戦争ができる国にしよう」という自称保守の自民や維新の政治家がにわかに増えています。TVコメンテイターの中にも、したり顔がいます。ぼくは、こういう話は国情にあわない寝言だと思っています。


 憲法は、日本の政治指導者らの権力行使を「ここまでは有効、ここからは無効」と制限する最高規範です。当然、外国の権力者にまで権限が及びませんから、プー珍のような狂気の権力者が侵攻してくる余地がないとはいえません。その場合、どうするかの議論はあってもいいと思います。


   しかし、そうした声を上げる人のほとんどは、9条では国は守れない。そのために改憲してもっと軍事力をつけるようにしよう、なかには核武装しようという方向性ばかりです。こういう論者は何か機会あるたびに戦後ずっと守られてきた憲法を手直ししたくてたまらない連中です。


 9条のもとでも、ちゃんと対応策があります。いうまでもなく、9条は、先の大戦の反省と教訓から、この国が、国際社会に約束した「不戦の誓い」です。そのための戦力である陸海空三軍を持ちません、というものです。このことは、いまやアニメやグルメと同じように世界から好感を持たれています。「日本の良心」とたたえる外国人もいます。


 ただ、こういうケースがあります。人が夜道で襲われたり、強盗が家の中に侵入して来たりした場合、人は犯罪者と闘っても、それは正当防衛として認められる法理があります。


 国家にも、それと同様に外国からの急迫・不正な武力行使があれば、反撃する自衛権(個別的自衛権)があると考えられています。ですから、9条の下でも、侵略に対して戦えるのです。ウクライナが、いま闘っている姿は、反撃自衛権です(国連憲章51条)。この国の自衛隊存立の理由です。(設立理由は別にありましたが、いまはこういう理屈です)。


 自衛隊が軍隊と名乗っていないのは9条への配慮です。この自衛権は、日本の領海、領土、領空の範囲内に行使が限定されています。あってはならないことですが、もし侵攻があれば、現況のウクライナ国内での戦争と同じことが日本国内でも展開されるわけです。これが9条解釈の限界です。個人の正当防衛でも、逃げる犯罪者を追い詰め、殴る蹴るなどすれば、過剰防衛となり、加害者になってしまいます。


 もし、外国から侵攻されたら、同盟国・アメリカが支援すると安保条約で約束していますが、ほんとうに協力するかどうか、わかりません。「日本支援」がアメリカの国益にかなうかどうか、冷酷な判断をするでしょう。アメリカにいいなりの元首相、アベは、米軍と手を組み、地球の裏まで自衛隊を派兵できる法制(集団的自衛権)を作りましたが、これは憲法違反だと思っています。


 あまり知られていないことですが、自衛のため「必要最低限度の実力」しか持てないはずの日本ですが、その軍事力は、すでに世界ランキングで第5位です。軍事費額では、8位です。事実上、軍事大国なっているのです。永年の自公政権が、なし崩しに積み上げてきた結果です。


(注:軍事力1位.アメリカ、2位ロシア、3位中国、4位インド、5位日本=2021年の軍事力。世界各国の軍事力レベルを分析しているグローバル・ファイヤーパワー(Global Firepower)調べ。核兵器を持つイギリス、フランスよりも上位とみられおり、これで核兵器を常備すれば、米中と互角以上になるかもしれません。ちなみにウクライナは22位です。


 一方、軍事費はドル換算で1位アメリカ、2位中国、3位イギリス、4位インド、5位ロシア、6位フランス、7位ドイツ、8位日本、ちなみにウクライナは34位=英国のシンクタンク国際戦略研究所(IISS)調べ 2021年)


 着々と軍事力を増強する日本に、先の大戦でひどい目にあった近隣諸国が不信感と警戒を強めるのは、向こう側の立場からみれば、当然ではないですか。そのうえ、アベを先頭に「アメリカの核兵器をシェアしよう」と言い出したり、アベの実弟、キシ防衛相は「敵基地攻撃能力とは、自衛隊機が外国の上空から敵をせん滅する力だ」と国会答弁しています。これらの議論は、近隣諸国からみれば、日本脅威、挑発する日本と映るのはやむ得ないことです。


 いったい全体、「専守防衛」の9条を破り捨てて、仮想敵国をせん滅する武力を常備しようという好戦的な主張こそ、正気とは思えませんね。実際に戦うのは、だれですか。軍事拡張論者たちは、自分が戦線にたつことなど一顧もしていません。こういう好戦者は煽るだけ煽っても結果には誰も責任を取りません。先の大戦が、その教訓です。


 ウクライナから伝わる映像には、路上に殺されて横たわる母子、黒焦げの遺体、恐怖と涙で震える女性、黒煙があがる廃墟の町、、。日本国内に54基もある原発を攻撃されたら、この国は人が住めなくなるでしょう。「武力対武力」論は、相互にエスカレートするばかりで上限のない軍事力拡張競争であって、抑止力にはなりません。


 こういう想像力を持つ政治家が必要です。「備えあれば、憂いなし」の「備え」は、「話し合い外交」をふだんから積み重ねる努力です。外交に勝るものはありません。隣人の狂気を目覚めさせないようにするには高度の外交手腕でが必要です。「反撃する自衛権」があるからと言って、その発動を招くようなことは愚の骨頂ですね。

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