退屈な80代

還暦、古希、傘寿を過ぎて 日々思うことを綴ります。

「代案を出せ」

 ブログを書いていて、ときどき、自公政権やら維新やらキシダメやら、以前ならガースやらアへやらのことを批判しています。 


 そうすると、コメント欄に、お前は批判ばかりしているが、それなら代案を出せ、という方がいます。どんなことでも批判なくして、世の中がよくならないと思っていますから、批判しているというと、こんどは左翼だなと決めてきます。じゃあ、あなたは、右翼じゃなと切り返したくなりますね。


 むかしの有名女優、山田五十鈴さんは、貧しい人や困っている人のためにモノをいうと、お前はアカ(左翼系支持者への蔑称)だという人がいるが、それなら、私は真っ赤な大アカです。というような趣旨の啖呵を切ったことがあります。ぼくなんか、とても、そんな勇ましい啖呵をよう切りませんが、言いたいことはブログで言わせてもらっています。


 「野党は批判ばかりしている」と非難する人がいますが、見当違いの非難です。野党は与党政権を批判するのが仕事です。批判しない野党なら、与党と同じです。維新や国民民主の立ち位置は、野党のふりをしているだけでしょう。


 ある現状や、ある発言、考えや施策や方針などについて、批判的なことを言うと、すぐに、それなら代案を出せ、出せないのなら批判なんかするな、という人やそういう集団がいます。


 自分のやり方、考え方が一番正しいとか、過剰な自信を持っている人、会社なら上司や先輩、人間関係なら年長者、アマより専門家、男女なら男、素人よりも玄人、ただの自信家なんかに、「代案を出せ派」が多くいます。


 自分の好みや意見が批判されると、いきなり感情が高ぶって、開き直ります。その時、反射的に出る言葉が、代案を出せ、です。批判されると、批判の中身を吟味することよりも、メンツをつぶされてた、恥をかかされたと、ポイントをずらして、怒ります。


 結構、強いモノ言いをしますので、これが度重なると、言われた方は言ってもしゃーない、見て見ぬふり、わかったふりしてやりすぎる、摩擦をさける方へ回ります。この風潮でが強すぎて、ニッポンの企業はじめ、あらゆる分野で、いい芽がつまれて、だいぶソンをしていると思います。


 確かに言われてみたら、その方がいいかも、というような冷静な反応をする人はめったに居ません。居ませんが、わかってくれる人がいると思いますから、批判しています。


     

          (キシダメ演説中、欠席者だらけの国連総会場)


 こんな批判をします。この間、キシダメは、だいたい2億5千万円の外遊費をつかって、誰も聞いていない国連総会で演説をしました。キシダメは、国内では人種差別を平気で言う杉田水脈を総務政務官に抜擢して物議をかもしたばかりなのに、「我々が目指すのは人間の尊厳が守られる世界を広げることだ」などと演説するのは、頓珍漢もいいところ。


 こんな物笑いされる演説をすること自体、どんな国益があるのか、どんな説得力があるのか、アホらしやのカネが鳴る話じゃーあーりませんか、、、。


  (アへが代弁者として,本人に縁もゆかりもないアへの選挙区がある自民山口県連に所属させて、比例代表で議員に拾い上げている。杉田水脈はウルトラ差別主義者。つまり、あのアへは、こういう考えの持ち主を庇護するトンデモナイ首相だったという生きた証です)


 こういうと、一国の首相の言動を批判するな、するなら代案を出せ、というバカがいます。なんでキシダメの言動について代案を出す必要がありますか。代案があるとすれば、すぐにも首相を辞めることくらいしか浮かびませんが。キシダメは、ほんとダメなリーダーだなという考えが浸透すれば、批判する意味があります。


 キシダメ自身が、まあ、サルでも反省するんですから、反省して、無意味な外遊だった、言行一致しなければならない、もっと国費を困っている国民のために使えばよかったと思えばいいわけです。


 ぼくの批判などは、ごまめの歯ぎしりだとはわかっていますが、こういう批判に共感する人が増えるとすると、世の中、少しでもよくなると思っています。


 気をつけよう、汚染水と自公維!!


 (写真等はGOOGLE画像検索から引用しました

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